コラム
漢字は歌舞伎役者で仮名は黒子なり
2014年11月14日 公開 / 2014年11月19日更新
白と黒を「混ぜる」と灰色になり,白と黒を「交ぜる」と縞模様になる。店を「開ける」と客がわんさと来るが,店を「空ける」と来なくなる。「とんぼ返り」をすると見物人からやんやの喝采を受けるが,「とんぼ帰り」では誰も見てはくれない。口に入れた物が「軟らかい」ものなら食べやすいが,「柔らかい」ものだと消化不良を起こす。選挙戦に突入したぞ!さあ「戦い」だ!というのなら,勝利を目指すことが分かるが,さあ「闘い」だ!というのでは,逆境を克服するため懸命に努力するということが分かるだけだ。そんな候補者は,選挙などに出ないで家でテレビを見ていた方がましだろう。
「もっと早く起きろ」と叱られるのは,早い時刻に起きろという注意だが,「もと速く起きろ」と叱られるのは,ぐずぐずするなという注意だ。
漢字には,固有の意味がある。同じ読みでも,違った漢字を使うと,意味がぜ~ぜん違ってくる。つまり漢字には歌舞伎役者ほどの役割と個性があるということだ。これに対し仮名には個性はない。要は,仮名は黒子だ。
公用文は,平成22年11月30日付内閣訓令第1号「公用文における漢字使用等について」により,それまで以上に,漢字と仮名の使用に厳格さが求められることになった。
名詞,動詞,形容詞,副詞は,それぞれ固有の意味を持つ漢字で書かなければ意味の通じないことが多く,そのためこれらの品詞の場合は原則として漢字で書くことになる。しかし,形式名詞,補助動詞,補助形容詞は,漢字で書くほどの個性はなく,仮名で書くのが原則だ。
具体例を出すと,「お土産を頂く」は正しく,「お土産をいただく」は正しからずだ。「参考にして頂く」は間違いで,「参考にしていただく」が正しい。「文句を言う」は正しく,「文句をいう」は間違い。「弁護士と言う職業」は間違いで,「弁護士という職業」が正しい。「役員を置く」は正しく,「役員をおく」は間違い。「そのままにしておく」は正しく,「そのままにして置く」は間違い。「お便りを下さい」は正しく,「お便りをください」は間違い。「教えてください」は正しく,「教えて下さい」は間違いなのである。これらは,すべて,動詞が漢字,補助動詞が仮名になっているのだ,漢字と仮名に分ける理由を,「言う」と「いう」を例にしていえば,「言う」の歌舞伎役者としての個性は,人が口を開いて声を出して意思を伝える演技である。「文句を言う」と書いた場合,文句を言う嫌~な奴の,尖った口元が彷彿としてくるではないか。しかし,「弁護士と言う職業」と書くと,漢字の「言う」の意味のないことが分かるはず。したがって,ここでは「弁護士という職業」が正しいのだ。補助動詞は,あくまで動詞を助ける黒子役だ。黒子が顔を覆った布をはぎ取り,歌舞伎役者の横で顔を出してしまうと,歌舞伎役者の個性を殺してしまうのだ。だから,動詞の後の補助動詞は仮名で書くことになるのだ。
なお,複合の動詞というものがある。「明け渡す」とか「申し立てる」などだ。これは二つの動詞が組み合わさった一つの言葉だ。だから,二つの動詞はいずれも漢字で書くことになる。
接続詞も原則平仮名で書くことになっている。
一例を挙げてみる。接続詞の「したがって」があるが,これは「従って」と漢字で書かず,「したがって」と仮名で書くことになっている。「従って」は,「命令に従って」のように動詞で使う場合は漢字であるが,「したがって,君の言うことはナンセンスだ。」というように接続詞として使う場合は,平仮名で書くことになるのである。接続詞の「したがって」に,漢字の「従う」という意味はないからである。
なお,接続詞でも,漢字で書くものがある。「及び」「並びに」「又は」「若しくは」の四文字だ。これは拙著「知って得する法令用語」(山陽新聞社発行)に解説している。読んでいただけるとありがたい。ためになること請け合いだ。
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