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菊池捷男

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菊池捷男(きくちとしお)

弁護士法人菊池綜合法律事務所

コラム一覧:歴史と偉人と言葉

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使ってみたいことわざ⑤ 一臂の力(イッピのチカラ)

前回の諺は「八面六臂」。「臂」は腕である。ここから「一臂の力」という諺がうまれた。「一臂の力をお貸しください。」などと使われる。

使って見たいことわざ④ 八面六臂(ハチメンロッピ)

八面とは八つの顔、六臂とは六本の腕。ここから、「八面六臂の活躍」などという言葉が生まれた。意味は、多方面にわたって活躍していることをいう。使い方は、「ご活躍は、まさに八面六臂ですね。」「八面六臂...

使ってみたいことわざ③ 栴檀(センダン)は双葉より芳し

センダンはフタバよりカンバし栴檀は香木の一種。双葉(双葉)は発芽して最初に出る葉の意味。ここから転じて、優れた人物は子供の頃から、優れた何かが見られる、という意味。「このお子さんがあなたのお子さ...

使ってみたいことわざ② 呉下の阿蒙(ゴカのアモウ)

呉下の阿蒙とは、中国の三国時代を彩った呉の勇将、呂蒙の、若い頃のあだ名である。意味するところは“阿呆な呂蒙”、要は“おばかさん”である。呂蒙は、武勇には優れていたが、学問はできなかった。ここから“阿蒙...

使ってみたいことわざ① 嚢中の錐(ノウチュウのキリ)

嚢中の錐の「嚢」は、布の袋のこと。錐は、先の尖ったあの錐のことである。意味は、布の袋の中に入れた錐は、自然に、頭を出すことから、すぐれた才能、あるいは、すぐれた才能を持つ人をいう。「君は、嚢中の...

才能とたゆまぬ努力の二つ

才能とたゆまぬ努力の二つが、人をして、人の歩む道を力強く進ませる元になるというのが、ウインストン・チャーチルの言葉である。そのウインストン・チャーチルは、1940年5月10日ネヴイル・チェンバレンが辞任...

浅岡政子氏の邦訳のすばらしさに感嘆、賛辞を呈したい

 河出書房出版の「チャーチルは語る」(2018年9月21日出版)は、イギリスの著名な歴史家であり、ウインストン・チャーチルの公式伝記作家であるマーティン・ギルバードが、簡潔な言葉で時代背景を紹介しつつ編ん...

家康成長の軌跡⑦ 信長との同盟時代に学んだこと2

(2)篤実に生きることが、織田信長との同盟を支えることを知ったこと 家康は、信長との同盟時代、信長の信頼を疑わせるようなことは、何一つしていません。それどころか、本能寺の変の直前、信長は、家康を...

家康成長の軌跡⑥ 信長との同盟時代に学んだこと1

3 家康が信長との同盟時代に学んだこと(1)強くなければ、信長に滅ぼされることを知ったこと 強大を誇った今川家、不敗を誇った武田家は、氏真や勝頼の時代になると、あっという間に、七花八裂に粉砕...

家康成長の軌跡⑤ 信長との同盟時代での特筆すべきこと

2 この期間での特筆すべきこと(1)弱国は生き残れないことア 今川家の滅亡 今川義元が桶狭間の戦いで敗れたときの兵力は3万人でした。その版図は、駿河国、遠江国、それに三河国に及ぶ強大なも...

家康成長の軌跡④ 織田信長との同盟時代

二 織田信長との同盟時代1 二十年の歩みの概略(1)織田信長と同盟を結ぶ(1562年) 家康は、今川義元が桶狭間の戦いで首を打たれた後、義元の後嗣氏真の元へは戻らず、1562年に、織田信長と同盟を結...

家康成長の軌跡③ 人質時代に学んだこと

2 学んだこと 家康は、ある日、乞食の親子かと思った親子に道を尋ねられます。母親は、松平家の家老の娘にして、高天神城の戦いで広忠(家康の亡父)の身代わりになって死んだ先代本多忠勝の妻。子は後の...

家康成長の軌跡② 一 出生から桶狭間の戦いまで

一 出生から桶狭間の戦いまで1 概略 1542年、徳川家康は、三河の岡崎城で生まれました。父は広忠、母は於大。家康、六歳(以下年齢は数え)の折り、父・広忠が、織田家に奪われていた高天神城を攻める...

徳川家康に学ぶ人の成長の軌跡① 第一 徳川家康の一生を四区分

第一 徳川家康の一生を四区分 徳川家康の一生を、大きく区分すれば、①人質時代 (出生から桶狭間の戦いまでの十八年間)、②織田信長との同盟時代 (本能寺の変で信長が横死するまでの二十年間)、③...

一 将の能にして・・・⑨ 素封家の意味

なお、司馬遷のいう「素封家」の意味について、一言しておきます。「素」は無色の意味、「封」は封土の意味から、「素封家」とは、封土を持たないが封土を持った王侯貴族に比肩しうるほどの財貨を築いた者とい...

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