遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 問題
この問題は、共同相続人間の担保責任の問題です。
遺産分割の結果、ある相続人が取得した財産が、当然あるべき価値を有していないことが分かったとき、その損失分を、全相続人が相続分の割合で負担するべしという制度が、「共同相続人間の担保責任」の制度です。
2 価値がない場合とは、
数量不足、破損、他人の権利の付着、債権を取得した場合の債務者の破産などが考えられます。
3 「共同相続人間の担保責任」の意味
民法911条は、共同相続人間の担保責任として「各共同相続人は、他の共同相続人に対して、売主と同じく、その相続分に応じて担保の責任を負う。」と規定しています。
ここで「売主と同じく」という言葉が用いられていますが、売買契約の売主の担保責任は、「代金の減額」「契約解除」「損害賠償の請求」(民法563条)ですが、
遺産分割については、債務不履行があっても解除できないというのが判例(最高裁平成1.2.9判決。コラム相続80で解説済み)ですので、遺産分割の担保責任は、金銭による解決のみになります。その内容は、4で解説します。
4 相続財産である債権について、その債務者が無資力者であった場合
民法912条は、「各共同相続人は、その相続分に応じ、他の共同相続人が遺産の分割によって受けた債権について、その分割の時における債務者の資力を担保する。」と規定しています。
銀行預金や貸金などの可分債権は、遺産分割協議をしなくても、各相続人は、法定相続分又は指定相続分に応じて、直接、債務者に対し債権の支払を請求できるのですが、そうでない債権や、可分債権でも全相続人が合意する場合は、遺産分割協議の対象にできます。したがって、遺産分割の結果、債権を取得する相続人も出るのですが、その債権の債務者が無資力の場合は、その債権を取得した相続人は、思わぬ損失を被ります。そこで、債務者の資力については、全相続人が相続分の応じて、担保責任を負うことにしたのです。
例えば、です。
相続人が妻と長男甲と長女乙であり、これら共同相続人は、相続財産を法定相続分の割合で、すなわち妻が1/2、長男と長女が各1/4の割合で分け合い、妻が取得した相続財産の中に、ある会社に対する貸金債権100万円があったが、その会社が倒産したような場合です。
この場合、100万円の損失分は、各相続人が法定相続分の割合で負担しますので、妻に生じた100万円の損失分は、妻が50万円、長男と長女が25万円負担することになります。その結果、妻は長男と長女に対し各25万円ずつ支払を請求できるのです。
4 共同相続人の中に資力のない者がいる場合
民法913条は「担保の責任を負う共同相続人中に償還をする資力のない者があるときは、その償還することができない部分は、求償者及び他の資力のある者が、それぞれその相続分に応じて分担する。」との規定も置いています。
例えば、3の例で、長女は25万円を支払う能力がないとしたとき、その長女の負担分25万円は、妻が1/2、長男が1/4の割合(全体が1になるように分数を整理しますと、妻が2/3、長男が1/3の割合)で負担することになるのです。
5 遺言で別段の定めができる
民法914条は「前3条の規定は、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、適用しない。」と規定していますので、被相続人が遺言で、法律の規定を修正することは可能です。
例えば、
遺産分割の方法を定める遺言事項を書いた後に、「ただし、各相続人が分割取得した財産のうち、数量が不足したり、破損したりして瑕疵があるときは、その担保責任はすべて長男の負担とし、妻や長女は何らの瑕疵担保責任を負わないものとする。」などの文例が考えられます。