コラム
コラム22 荒れ野の四十年
2021年9月1日
西ドイツ(当時)のリヒャルト・ヴァイツゼッカー大統領は、1985年5月8日、第二次世界大戦終戦40年を記念して、「荒れ野の40年」を、世界に向けて、ラジオを通して、演説をしました。この演説は、世界中の人が聴きました。その格調高い演説で、世界の多くの人は、第二次世界大戦がいかに甚大な惨禍(その最たるものはユダヤ人に対する迫害や大量虐殺)を引き起こしたかについて、多面的かつ具体的に知ることができました。そして、戦後40年間にわたる、ドイツ人の厳しくも険(けわ)しい贖罪の道と悲惨な生活(戦後ドイツ以外の国に住むドイツ人が受けた迫害など)、特に女性の不幸と悲しみに涙しました。この演説の中で、ヴァイツゼッカー大統領は、第二次世界大戦の原因が敗戦国のドイツのみにあるのではなく、戦勝国にもあるというチャーチルの言葉を引用して、ドイツの立場を恥ずかしくないものにしたうえで、ナチスがした残虐な行為の反省を込めてか、「これからのドイツは、人種、宗教、政治上の理由から迫害され、死の恐怖にさらされている人々が保護を求めるとき、門戸を閉ざすことはないでありましょう。」と言い、寛容な移民受け入れの考えを表明しております。また、若い人たちに対しては、「過去の歴史から逃げてはいけない。歴史に目を背(そむ)けることは、未来を見ようとしないことだ。過去の反省に立って、他の国の人たちとは、互いに手を取り合って生きていくことを学んでほしい。われわれ政治家にも、このことを肝に銘じさせてくれる生き方をしてほしい。」という言葉で、演説を締めくくっています。コラム21に書いたウインストン・チャーチルの「勝者の愚行」という言葉が、ドイツ人に励ましと癒(い)やしを与えたことは間違いないことと思います。また、現在、ドイツが移民受け入れに極めて熱心であり積極的であること(コラム50参照)は、リヒャルト・ヴァイツゼッカー大統領のこのときの演説とは無縁のものではないでしょう。
なお、このときのヴァイツゼッカー大統領の演説には題名は付けられていません。
この演説の邦訳に「荒れ野の40年」という題名を付けたのは、日本人のようです。その日本人は、リヒャルト・ヴァイツゼッカー大統領がこの演説の中で、旧約聖書を引用して、何度も「40年」という言葉を使っていたこと、この40年という言葉は、旧約聖書に書かれたユダヤ人の先祖たちが出(しゅつ)エジプトを果たし約束の地であるカナンに至るまでの苦難に満ちた40年と重なる言葉であったこと、リヒャルト・ヴァイツゼッカー大統領が、ドイツの無条件降伏後ちょうど40年目の記念日にこの演説をしたことから、同大統領の心を読んで、この題名を付けたものと思われます。見事な命名です。
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