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平松幹夫

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平松幹夫(ひらまつみきお)

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コラム

マナーうんちく話1110《文明開化とマナー》

マナーの心得

2015年12月19日

明治に入ると、欧米社会から新たな文化が多量に入り込んでくるわけですが、マナーの世界はさらに複雑多様になります。

公家社会、武家社会、庶民階級と様々なマナーが存在していたところに、さらに西洋の全く新しいマナーが入ってきたわけですから大変です。

男尊女卑の社会にレディーファーストの文化が、左上位の考え方に右上位の考えが、着物のファッションに洋服のファッション、加えて洋食などが急激に押し寄せてきたので無理もありません。

明治新政府の高級官僚や貴族が出入りしていた「鹿鳴館」もそうです。

明治新政府の役人たちが、西洋諸国の国賓や外交官たちを接待するに当たり、舞踏会等が盛んに開催されていたようですが、当時の高級官僚や貴族、そしてその奥様達も、欧米式の舞踏会のマナーは、当然理解していないので、必死に勉強したことだと思います。

また、明治になって日本にも西洋式の軍隊が生まれました。
これを指導したのが、欧米の指揮官ですが、彼らが一番苦労した点は何だと思いますか?

一番苦労したのが「歩き方」だったと言われています。

従来の草履をはいた着物姿での立ち居振る舞いと、革靴を履いた洋服とでは雲泥の差があったわけですね。

さらに、現在と当時では下着が全然違います。
パンツに慣れた現代人が、江戸時代の「おこし」や「ふんどし」スタイルの歩き方は、理解に苦しむと思います。

しかし、江戸末期から明治にかけてやってきた外国の著名人は、当時の日本人を嘲笑ったのではありません。

貧しいが、常に礼儀正しく、知的な国民だと褒め称えています。

物質的には欧米人と比較にならない位貧しかった日本が、文明国の仲間だと広く世界に認知してもらうためには、色々と苦労があったのでしょうね。

しかし、物質的には劣っていても、精神面では当時の日本人は素晴らしかったのではないでしょうか?

イギリスの紳士と言えば世界の憧れの的ですが、それは騎士道精神やマナーを忠実に受け継いでいるからでしょう。

日本には武士礼法があります。

今の様に汚職や収賄も転職等も多々あったと思いますが、江戸時代の武士が有する価値観は、現代のサラリーマンにも大変役に立つと思います。

単に江戸の武士たちの振舞いに憧れるのではなく、自分の生き方や所作に活かしてこそ意味があると思います。

明治政府の役人は、武士道から受け継いだ高潔な精神を持ち合わせていたからこそ、偉業を成し遂げることが出来たのではないでしょうか。

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