股関節を曲げるとつまったり痛みがでる方、このポイントチェック。

こんにちは、GENRYUです(^^)
日々の臨床で、痛みがある場所だけをみているのではなく、
「物理システム」という視点で捉えています。
どこに支点があり、どこに力点が作用し、どのような回転力が生まれているのか?
それを分析するのがバイオメカニクス(生体力学)です。
今日は、ある特定の動作を題材に、あなたの体の中で起きている
「物理学的な真実」について解説します。
それは、股関節の可動域チェックで多用される、この動作です。
『テスト』
「うつ伏せ(腹臥位)になり、膝を90度に曲げます。
そこから下腿(膝から下)を外側に倒していく動き(股関節外旋)」
これを読んでいるあなたも、今、床で試してみてください。
……いかがでしたか?
* 「股関節の奥が詰まって、骨がぶつかるような硬い痛みが走る」
* 「膝の内側が、変な方向にねじ切られそうだ」
* そして、「床についているはずの骨盤が、物理法則を無視するように大きく浮き上がり、
体がねじれている!」
もしそうであっても、悲観する必要はありません。
むしろ、この現象は、あなたの股関節が抱える構造的な問題を、
物理学的に証明する「決定的な証拠」だからです。
なぜ、足を動かす力が、骨盤を浮かせる力に変換されるのか?
なぜ、遠く離れた膝関節に破壊的なエネルギーが集中するのか?
これから一つ一つ解説していきます!
第1章 現象のバイオメカニクス:なぜ「骨盤」が浮くのか?力の逃避経路
まず、「足(大腿骨)を回したいのに、骨盤がついてくる」という現象を、
力学的な視点から解明します。
1-1. 理想的な回転運動と現実のロック
正常な股関節は、骨盤の「ソケット(寛骨臼)」の中で、大腿骨の「ボール(骨頭)」が、
その場できれいに回転(スピン)する構造になっています。
うつ伏せでの外旋可動域は、通常約45度が理想です。
しかし、あなたの股関節は、後述する強力なブレーキによって、
例えば10度で物理的にロックされています。
1-2. 「最小抵抗の経路」へのエネルギー転換
ここで、バイオメカニクスの重要な原則が働きます。
「力は、最も抵抗の少ない方向へ逃げる」という原則です。
あなたは「足を外に倒す」というエネルギーを加え続けます。
しかし、股関節という本来の回転軸はロックされ、抵抗が最大になっています。
すると、行き場を失ったエネルギーは、新たな回転軸を探します。
それが「背骨(脊柱)や反対側の股関節を中心とした、骨盤全体の回転運動」です。
股関節を回すよりも、骨盤ごと持ち上げて体をねじってしまう方が、
物理的な抵抗が少ないため、脳は無意識にその「楽なルート(代償動作)」を
選択するのです。
骨盤の浮きは、股関節というメインルートが通行止めになった結果、
エネルギーが迂回路へ流れ込んだ物理現象なのです。
では、メインルートを封鎖している強力な物理的ブレーキの正体とは?
第2章 ブレーキの正体①:「筋肉」による張力とモーメント
最初の物理的なブレーキは、「筋肉」です。
股関節を外側に回す(外旋)動きを制限するのは、その拮抗筋である「内旋筋群」です。
* 中殿筋(前部線維)
* 小殿筋
* 大腿筋膜張筋
これらの筋肉が短縮・癒着を起こすと、なぜ骨盤が浮くほどの力が発生するのか?
そこには「モーメント(回転力)」の発生メカニズムが関わっています。
2-1. 解剖学的な位置関係が生む「回転力」
これらの筋肉は、大まかに言うと「骨盤の外側(腸骨)」をスタート(起始)とし、
股関節をまたいで斜め下方向へ走り、「大腿骨の外側(大転子)」にゴール(停止)します。
解剖図を想像してください。骨盤の横と太ももの横を、斜めに力強く繋いでいる太いゴムバンドです。
現代人の多くは、デスクワークなどで、このゴムバンドが常に縮んだ状態で固まっています(短縮)。
2-2. 力のベクトル変換
この状態で、あなたが足を外側に倒そう(大腿骨を外旋させよう)とすると、
大腿骨の外側(ゴール地点)が、後ろ方向へ遠ざかろうとします。
すると、短縮したゴムバンド(内旋筋群)がピンと限界まで張りつめ、
強力な受動的張力(パッシブテンション)が発生します。
この張力は、「大腿骨を内側に戻そうとするブレーキ」として働くと同時に、
スタート地点である**「骨盤の外側を、大腿骨側へ(つまり下方向へ)
強く引っ張り下げる力のベクトル」**としても作用します。
うつ伏せの状態では、この「片側の骨盤を強く引き下げる力」が、
シーソーの原理で、反対側の骨盤を浮き上がらせる強力な
回転モーメントに変換されてしまうのです。
第3章 ブレーキの正体②:「関節包・靭帯」のバイオメカニクス的特性
筋肉以上に厄介な真犯人が、関節深部の結合組織である**「関節包」**と**「靭帯」**です。
これらは筋肉とは異なる物理特性(粘弾性)を持っており、
それが独特の痛みの原因となります。
3-1. 「関節包内運動(Arthrokinematics)」の破綻
ここで少しマニアックなバイオメカニクスの話をします。
関節がスムーズに動くためには、骨がただ回転するだけでなく、
関節の中で微妙に「滑る」必要があります。
これを**「関節包内運動(副運動)」**と呼びます。
股関節を外旋させる時、理想的には大腿骨頭(ボール)は、
ソケットの中でくるりと回りながら、同時に
**「前方へ滑り出す(前方への並進運動)」**必要があります。
しかし、関節を包む袋である「関節包」、特にその
**「前方部分」**が癒着して硬くなっているとどうなるでしょう?
ボールが前に滑ろうとするのを、硬い壁がブロックします。
すると、ボールはソケットの前側の壁にガツンと衝突し、それ以上動けなくなります。
あなたが感じる「骨の奥が詰まるような硬い痛み」は、
筋肉が伸びる痛みではなく、この**「骨頭が関節包や骨に
衝突しているインピンジメント(衝突)の痛み」**である可能性が高いのです。
3-2. 人体最強「Y靭帯」の構造的ロックと物理特性
そして、最強のブレーキが、関節包の前側を補強する**「腸骨大腿靭帯(Y靭帯)」**です。
人体最強の強度を持つこの靭帯は、バイオメカニクス的に非常に特殊な性質を持っています。
【根拠①:らせん構造による「ネジの締め付け」】
Y靭帯は、骨盤から大腿骨に向かって、真っ直ぐではなく、
らせん状に「ねじれて」付着しています。
この構造により、股関節が「伸展(足を後ろに伸ばす)」し、
かつ「外旋(外にねじる)」した時に、ネジが締まるように靭帯が巻き付き、
緊張がピークに達します(締まりの位置)。
今回のテスト姿勢(うつ伏せ+外旋)は、まさにこの
「ネジが最もきつく締まるポジション」を強制的に作っているのです。
硬化したY靭帯は、物理的な限界を迎えて完全ロックします。
【根拠②:組織の物理特性(粘弾性)の違い】
筋肉と靭帯では、引っ張られた時の反応が違います。
* 筋肉(弾性が高い):
ゴムのようにある程度伸び、限界が来ると「痛気持ちいい」ストレッチ感を感じます。
* 靭帯(粘性が高い)
革ベルトのように伸びが少なく、限界(降伏点)がすぐに来ます。
その限界を超えて引っ張られると、脳は「危険!」と判断し、鋭く不快な痛みを発生させます。
Y靭帯がロックした状態でさらに力を加えると、靭帯は伸びずに、
骨盤の付着部を強力に引っ張り上げます。
これが、筋肉由来とは異なる、鋭い関節痛と強固な骨盤の浮きの原因です。
第4章 破壊のバイオメカニクス:なぜ「膝」が壊れるのか?テコの原理と応力集中
最後に、なぜ股関節の問題が、遠く離れた膝を破壊するのか?
これは、バイオメカニクスにおける「長テコの原理」と
「応力集中」によって説明される、必然的な物理現象です。
4-1. 下腿という「長いテコ」の恐怖
今回のテスト姿勢を思い出してください。膝を90度に曲げています。
この時、あなたの下腿(すねの骨)は、物理学的に見ると、
膝関節を支点とした「非常に長いテコ(レバーアーム)」として機能します。
「テコの原理」を思い出してください。
支点から離れた場所(足首付近)に力を加えると、支点(膝関節)には、
その距離に比例した巨大な回転力(トルク)が発生します。
あなたは、股関節を動かすために、この長いレバーを外側に倒そうとします。
4-2. 膝関節への「応力集中」
しかし、前述の通り、肝心の股関節(本来の回転軸)は完全にロックされています。
すると、あなたが長いレバーを使って生み出した巨大な回転エネルギーは、
行き場を失い、構造的に最も弱いリンクである**「膝関節」**に全て集中します。
具体的には、膝を支点にして、大腿骨に対して脛骨(すねの骨)が
無理やり外側にねじられる、または膝が内側に「くの字」に折れるような、
暴力的な物理ストレス(外反・外旋トルク)がかかります。
4-3. 組織の限界突破
この巨大なトルクに対し、膝の組織はひとたまりもありません。
* 内側側副靭帯(MCL):
膝の内側が開かないように止めているバンドが、物理的な破断限界
ギリギリまで引き伸ばされます。
* 内側半月板:
膝のクッションが、異常な角度で巨大な圧縮力とせん断力(すり潰す力)を受けます。
膝の痛みは、股関節が動かない代償として、テコの原理によって
増幅された破壊エネルギーが、膝の小さな組織に集中砲火を浴びせた結果なのです。
エピローグ:物理法則を味方につける
いかがでしたでしょうか。
あなたが何気なく感じていた「痛み」や「違和感」の裏側には、
これほどまでに精巧で、逃れられない物理法則が働いていたのです。
1. エネルギーの逃避:
ロックされた股関節を避け、骨盤全体の回転運動(代償動作)へとエネルギーが逃げる。
2. モーメントの発生:
短縮した内旋筋群が、骨盤を引き下げる強力な回転力を生む。
3. 関節包内運動の停止:
癒着した関節包が、骨頭の滑りを物理的にブロックし、衝突(インピンジメント)を起こす。
4. 構造的ロック:
うつ伏せ外旋位が、最強のY靭帯をネジのように締め上げ、関節を完全固定する。
5. テコの原理による破壊:
下腿という長いレバーが生む巨大なトルクが、弱い膝関節に集中し、組織を破壊する。
ここまで物理的に理解したあなたなら、もうお分かりでしょう。
この状態に対して、ただ闇雲にグイグイ押すだけのストレッチが、
いかに非効率で、時に暴力的であるかを。
物理法則に逆らって体を壊そうとしているようなものです。
原因が、筋肉の「短縮」だけでなく、関節包の「滑走不全」、
靭帯の「構造的ロック」である以上、それぞれに特化した物理学的なアプローチが必要です。
錆びついた機械を直すように、正しい方向へ、正しい力を加える必要があります。
次回の【解決編】では、これらのバイオメカニクス的根拠に基づき、
癒着した筋膜をリリースする方法、そして関節包内運動を
正常化させるためのプロ直伝の「関節モビライゼーション」テクニックを、
安全なセルフケアレベルに落とし込んで伝授します。
物理法則を敵に回すのではなく、味方につけて、あなたの体を根本から変えていきましょう(๑•̀ㅂ•́)و✧
それではまた、次回のコラムでお会いしましょう(*^^*)



