腰痛は腰の筋肉だけほぐしても、改善しないです...
【要点】
・慢性腰痛の一部に、目の動き(眼球運動)の不調が関わっているのでは、という僕の臨床仮説を解説します
・目からの情報が不安定だと、脳が転ばないよう体幹を固める──という仕組みを考えます
・目の動きと腰痛の関係を直接確かめた研究は、調べた範囲では見つかっていません(首の痛みでは研究があります)
・第2部では、自分で確かめるためのチェックとドリルを紹介します
【先に受診をおすすめする場合】
・足のしびれや力が入りにくい感じが強くなっている
・尿や便が出にくい・漏れる、股のまわりがしびれる(すぐに受診)
・発熱や原因のわからない体重減少がある、安静にしても夜に強く痛む
・転倒や事故のあとから痛む
・急に物が二重に見える、視力が落ちた、目が痛い(眼科や脳神経の受診を)
腰痛でお困りの方、本当に多いですよね...
「マッサージに行くとその時は楽になるが、翌日には元通り」
「腹筋や背筋を鍛える体幹トレーニングを真面目にやっているのに、腰痛が消えない」
「MRIやレントゲンでは『異常なし』と言われたが、常に腰に重だるい痛みがある」
こんなお悩みをお持ちの方、とても多いと思います。
慢性的な腰痛は、仕事や家事、趣味など、毎日の生活の質(QOL)に大きく影響します。
これに対し、一般的な治療の多くは「痛みのある場所(腰)」に焦点を当てています。
硬くなった筋肉(脊柱起立筋や多裂筋)をほぐし、
背骨の関節をボキボキと鳴らし、あるいは湿布を貼る。
しかし、もしその痛みに、腰の筋肉や骨だけでなく
「脳が目の動きをコントロールする仕組み」
も関わっていたとしたらどうでしょうか?
僕は臨床で、腰の治療だけでは変わらなかった方の中に、
「眼球運動系(Oculomotor System)」、
つまり目の動きのコントロールがうまくいっていない方が多いと感じています。
「腰が痛いのに、目が関係あるの??」と思われるかもしれません。
今回は、なぜそう考えるのかを神経のしくみから説明します。
ただし、これは研究で確かめられた「原因」ではなく、僕の臨床での仮説です。
そこを区別しながら読んでいただければと思います。
2回にわたる連載の第1部となる今回は、
「目と腰を繋ぐ神経のカラクリ」と、
脳がなぜ腰をガチガチに固めてしまうのかという
「防衛メカニズム」について、分かっていることと仮説を分けて解説します。
では早速やっていきましょう!
第1章:眼球運動系(Oculomotor System)とは何か?
私たちが世界の中で安全に動くために、脳は常に周囲の環境情報を
必要としています。
その情報収集の最大の要となるのが「視覚(目)」です。
しかし、ただ見えている(視力が良い)だけでは不十分です。
空間の奥行き、動く障害物のスピード、自分の身体の傾きを
正確に把握するためには、眼球を精密に動かす「眼球運動系」が
正常に機能している必要があります。
臨床神経学において、私たちが世界を認識するために不可欠な眼球運動は、
主に以下の4つに分類されます。
1. 滑動性追跡運動(Smooth Pursuit)
頭を動かさずに、視界を横切る物体(飛んでいる鳥や、走り去る車など)を
スムーズに目で追いかける動きです。
この運動は、大脳皮質(頭頂葉・側頭葉)から小脳を経由し、
脳幹へと至る非常に複雑な神経回路を必要とします。
2. サッケード運動(Saccades)
ある一点から別の一点へと、視線を「瞬時に(弾道的に)」ジャンプさせる動きです。
読書で次の行に目を移す時や、歩行中に突然現れた障害物に
パッと視線を向ける時に使われます。
これは前頭眼野(Frontal Eye Fields)や上丘(Superior Colliculus)という
脳の領域が深く関与しています。
3. 輻輳運動(Convergence)
近くの物体(スマートフォンや本など)を見る時に、
両目を内側に「寄り目」にする動きです。
4. 開散運動(Divergence)
遠くの景色を見る時に、両目を外側に開いて平行にする動きです。
輻輳運動とは逆の動きです。
私たちの目は、起きている間中、これら4つの運動を絶え間なく、
かつ無意識のうちにブレンドしながら行っています。
しかし、長時間のデスクワーク、過去の頭部外傷(むち打ちなど)、
ストレス、あるいは加齢により、これらの動きに
「微細な遅れ」や「機能障害」が生じることがあります。
そして、この「目の動きのわずかなエラー」が、
慢性腰痛の引き金の一つになっているのでは、と僕は考えています。
第2章:暗闇のホテル現象~脳の「恐怖」が体を固める~
では、眼球運動の機能障害が、なぜ腰の痛みにつながるのでしょうか?
これを理解するために、脳が空間をどのように認識しているかを
想像してみてください。
2-1. 脳は「不確実性」を極端に嫌う
神経系トレーニング(Z-Health)の指導者エリック・コブ氏は、
これを分かりやすい例えで説明しています。
あなたが、今まで一度も泊まったことのないホテルの部屋で、
真夜中にトイレに行きたくなってベッドから起き上がったとします。
電気はつけず、部屋は真っ暗です。
この時、あなたは昼間のように自信満々に、
スタスタと大股でトイレまで歩いて行けるでしょうか?
おそらく、すり足になり、歩幅は極端に狭くなり、
両手を前に出して恐る恐る進むはずです。
この時、あなたの体の筋肉(特に体幹や腰回り)は、
いつ障害物にぶつかっても転ばないように、極度に緊張し、
ガチガチにこわばっているはずです。
2-2. 目が遅れる=脳にとっての「暗闇」
眼球運動(特に滑動性追跡やサッケード)がうまくいっていない状態は、
脳にとって「薄暗いホテルの部屋を歩いている状態」に近いのでは、と考えます。
本来であれば、目は周囲の環境の映像を脳に送り続けています。
しかし、目の筋肉の動きが遅れたり、目標物を捉えるのにブレが生じたりすると、
脳に届く映像情報には「タイムラグ」や「ノイズ」が生じます。
「映像が不鮮明だ。世界がどうなっているのか、
自分が空間のどこにいるのか正確に把握できない!」
視覚情報が不正確になると、脳は転倒や怪我を避けるため、
「防衛モード」に入り、姿勢の保ち方を慎重な方向に切り替えるのでは、と考えます。
第3章:目と腰をつなぐ可能性のある神経ルート
脳が防衛モードに入った時、なぜ「腰(体幹)」が固まりやすいのでしょうか。
ここでは、脳幹から脊髄へと下行する「姿勢制御の神経システム」から考えてみます。
3-1. 網様体脊髄路(Reticulospinal Tract)による体幹のロック
脳幹にある網様体(もうようたい)は、視覚(目)や前庭覚(内耳)からの情報を
絶えずモニタリングしています。
視覚からの情報入力が不安定(=眼球運動のエラー)になると、
網様体から「網様体脊髄路」という神経の通り道を通じて、
背骨の周りの筋肉(抗重力筋)の緊張が高まるのでは、と僕は考えています
(網様体脊髄路が体幹の筋肉の緊張に関わることは解剖学的に知られていますが、
目の動きの不調でこれが起きるかは確かめられていません)。
3-2. 重心(Center of Mass)の固定化
立っているときの身体の重心(Center of Mass)は、
おおよそ骨盤のあたり(仙骨の少し前)にあります。
脳が「転倒のリスクがある」と判断したとき、
「重心に近い土台(腰椎・骨盤帯)を固めて安定させる」
方向に働くのでは、というのが僕の考えです。
この時、腰の深層にある多裂筋(たれつきん)や、
表層の脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)に対して、
脳からガンマ運動ニューロンを介して、筋紡錘(筋肉のセンサー)の感度が
高められる可能性があります。
その結果、腰回りの筋肉が張り詰めた状態が続き、
歩行時の骨盤の自然な回旋や衝撃吸収が小さくなる──と僕は考えています。
第4章:慢性腰痛の悪循環と「防衛性収縮」
研究で分かっていることを正直にお伝えします。
首の痛みでは、むち打ち症の方で、首をひねった姿勢での
目の追従(滑動性追跡)が低下していたという研究があります(Treleaven et al., 2005年)。
一方、慢性腰痛の方で目の動きの不調を調べた研究は、
文献データベース(Europe PMC)で調べた範囲では見つかりませんでした。
ただ、僕の臨床では、慢性腰痛の方に滑動性追跡・サッケード・輻輳の
不調がよく見られます(割合を調べたものではありません)。
そこから僕は、腰痛の一部は使いすぎや筋力不足だけでなく、
「視覚系の不調をきっかけにした、脳による防衛性収縮
(Protective Muscle Splinting)」が関わっているのでは、と考えています。
4-1. 筋肉の「酸欠(虚血)」も一因に
筋肉が強く収縮し続けると、筋肉の中の血流が減ることがあります。
血流が減った組織では、ブラジキニンなどの痛みを起こす物質が出て、
痛みの信号につながることが知られています。
これが慢性腰痛の重だるさの一因になっている可能性があります
(慢性腰痛の痛みのすべてが、これで説明できるわけではありません)。
4-2. 抜け出せない負のループ
このメカニズムを知らないまま、局所的な治療を続けるとどうなるでしょうか。
1. 眼球運動のエラーにより、脳が腰を固める(防衛性収縮)。
2. 腰の筋肉が酸欠になり、痛みが発生する。
3. 痛みを和らげようと、腰をマッサージしたりストレッチしたりする。
4. 一時的に腰のロックが外れるが、きっかけの一つである
「視覚情報のエラー(目の動きの悪さ)」は変わっていない。
5. 立ち上がって歩き出した瞬間、脳は再び「視界が不安定で危険だ!」と判断し、
以前よりもさらに強力に腰を固め直す。
6. 痛みが再発、あるいは慢性化する。
運動療法やマッサージを続けても改善しない慢性腰痛の、
理由の一つになっているのでは、と僕は考えています。
もちろん、腰痛には他にも多くの要因があり、目だけで説明できるわけではありません。
第1部のまとめ:「腰」以外にも目を向ける
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
腰痛を考えるとき、「腰」以外にも目を向ける理由が
伝わっていればうれしいです。
要点をまとめます。
- 慢性腰痛の背後に「眼球運動系(滑動性追跡やサッケード)」の不調が
- 隠れている方がいる、というのが僕の臨床での印象です。
- 目の動きが悪いと、脳は空間を把握しにくくなり「防衛モード」に入るのでは、と考えています。
- その結果、重心に近い「腰部(体幹)」の筋肉を固める可能性があります。
- これらは研究で確かめられた「原因」ではなく仮説なので、自分で確かめることが大切です。
腰の治療を続けても変わらない方は、
目の動きをチェックしてみる価値があると考えています。
腰の治療を続けても変わらない方は、腰以外の要因が関わっていることがあります。
大分駅から歩いて15分ほどの当院(大分市金池町)では、
腰の動きに加えて目の動きやバランスも一緒に確かめながら、
どこから見ていくかを整理しています。
次回の【第2部:実践編】では、運動の専門家でなくても
自分で行える「眼球運動の簡易チェック法」と、
ドリルの前後で腰の変化を確かめる「ビジョントレーニング(眼球運動ドリル)」の
具体的な手順を紹介します。
難しい筋トレや、痛みを伴うストレッチは必要ありません。
第2部もぜひご覧ください。
それではまた、次回のコラムでお会いしましょう(*^^*)
【参考文献】
・Treleaven J, Jull G, LowChoy N. (2005). Smooth pursuit neck torsion test in whiplash-associated disorders: relationship to self-reports of neck pain and disability, dizziness and anxiety. J Rehabil Med, 37, 219-223. PMID: 16024477



