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コラム

科学と美意識

思考方法

2017年9月2日 / 2017年9月3日更新

最近、年のせいか、何のせいかはわかりませんが、お盆あたりで、ふと自分の人生を振り返ってみました(今年の上半期はあまりにもいろいろありましたので)。私は、自分で言うのもおかしいかもしれませんが、出会った人に恵まれました。大学に入るまでは、あまり環境には恵まれていなかったと、いまだに(今だからこそ)思ってしまいます。その出会った人の中で、「師」と自分が思っている人をあげてみると、共通することがありました。どの先生も「美」ということを主張する人でした。とりわけ大学では仏教美術が専門の師匠でしたから、美意識を色々な角度から教えてもらったように思います。師匠は常に「本物を見ろ」と私に言いました。本物を見ると、美意識は育つのは確かです。これは個人を過剰に美化するのとは違います。この違いを読み取れるようになることが重要なのです。いくつかの私たちの目からみたら違和感満載の宗教や国家は、今、あるいは、その前の指導者を過剰に美化します。わかりやすいのはオウム真理教でしょうか。あれは指導者の容姿に対するコンプレックスが、恐怖という感情を与える(植え付ける)ことで、事実を歪めた過剰な美化です。あれは絵としては上手に描けていたとしても決して「美」ではなく、むしろ醜悪に映る人の方が多いのではないかと思います。過剰な言葉を使い、場合によっては威圧的な言葉も使います。私の目から見ると、不安を隠しているようにしか見えません。
ここで言う美意識とは、必ずしも芸術的センスと同義ではありません。しかし、名画にせよ、音楽にせよ、彫刻にせよ、素人にはわからないにせよ、何らかの形で、場合によっては1000年以上残るものがあるのも確かであって、そこに「美」は確かに存在します。そこには「感性」という偏差値ではまず測れないものが確かに存在します。例えば、車でもそうですが、年々デザインは洗練されていくと思います。単純な機能性だけの追求ではないはずです。大学の校舎もそれなりのデザインがなされているはずです。オリンピックやパラリンピックではロゴマークが話題になりました。全て、個人礼賛のデザインではないはずです。仏像も単純な個人礼賛ではありません。釈迦だけがブッダではないからです。仏教は因果関係を見ることを重視する科学宗教です。
だから、その意味で、科学的思考をするにはある程度美意識の理解が必要です。特に文化に対する理解は深ければ深いほどいいと思われます。最近は学校では文化についてあまり習わないそうです。受験に出ないものは無駄と決まるそうです。あまりこのような感覚に浸かってしまうと、例えば、「お腹の中に入ったら、何を食べても同じ」という感覚になり、食事などは無駄で、栄養素だけ取っていればいいという考え方になりかねません。確かに栄養素がそろっていることは、健康にとって重要でしょうし、偏りがないようにしておく必要があるでしょう。しかし、それはあくまで食事で摂取するのが基本であって、栄養素だけを取ることを前提としていません。通常の管理栄養士は総じて、栄養素は基本的には食事で取るように指導します。日本料理の美しいものと、コンビニ弁当で、栄養素が同じなら、日本料理は食べる必要がないとするならば、不合理であり、そこから科学の新しいアイディアは生まれ得ないのではないかと考えてしまいます。
是非、科学者こそ、美意識を養いましょう。



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