痛みが中々改善しない...その原因は、「顎のズレ」?

こんにちは、GENRYUです(^^)
あなたはこんな症状でお悩みではないでしょうか?
・顎が痛い。
・口を開けるとカチッという音がする。
・朝起きると顎がこわばっている。
・食事中に顎が疲れる。
これらの症状で悩む方は、実は非常に多くいます。
世界的な統計では成人の約50%が
何らかの顎の問題を抱えているとされており、
顎関節症(TMD:Temporomandibular Disorder)は
腰痛・頭痛と並ぶ慢性疼痛の代表的な疾患の一つです。
顎関節症と診断された多くの方が受ける一般的な治療は、
マウスピース(スプリント)・矯正装置・
マッサージ・ドライニードリング・薬物療法です。
これらは一定の効果をもたらすことがありますが、
「多少良くなるが完全には治らない」
「治療をやめると再発する」
という経験を持つ方も少なくありません。
顎関節症の慢性化・治療抵抗性の
最も見落とされてきた理由の一つが、
「顎を局所的な問題として治療し続け、顎と密接に連絡する
眼球運動系・三叉神経系・脳幹という
上流のシステムへのアプローチが欠如していること」です。
これが現代神経科学が示す、顎関節症治療の
パラダイムシフトの核心です。
「顎は独立した蝶番ではなく、神経のハブ(Neural Hub)だ」と
表現されるのは、この神経学的な現実を端的に示しています。
顎関節は三叉神経という頭蓋骨内最大の神経によって支配されており、
その神経は視覚系・前庭系・上部頸椎と密接に連絡する
脳幹の中枢──三叉神経中脳核──とつながっています。
今回のブログでは、この顎関節症の神経科学的な真実を、
三叉神経の解剖学・眼球運動との双方向反射・輻輳障害との
高い共存率という3つの軸で徹底解説します。
第1章:三叉神経──頭蓋骨内最大の神経が顎と脳をつなぐ
1-1. 三叉神経の解剖学的全貌
三叉神経(Trigeminal Nerve:第5脳神経)は、
脳神経の中で最も複雑かつ広範な支配領域を持つ神経です。
その名前(trigeminal=三つ叉)が示すように、
眼神経(V1)・上顎神経(V2)・下顎神経(V3)という
3つの主要な枝に分かれ、
顔面全体・口腔・鼻腔・硬膜の感覚と、
咀嚼筋(閉口筋群:咬筋・側頭筋・内側翼突筋・外側翼突筋)の
運動を担います。
特に顎関節症との関係で重要なのが
下顎神経(V3)です。
下顎神経は感覚枝と運動枝の両方を持つ混合神経であり、
顎関節の関節包・靭帯・顎関節円板・咀嚼筋のすべてを支配します。
顎関節への機械的ストレス・炎症・不正咬合などによって
下顎神経が持続的に刺激されると、その情報が
脳幹の三叉神経核系を通じて脳全体に広範な影響を与えます。
1-2. 三叉神経核系の神経解剖──「中脳核」という驚くべき位置
三叉神経の感覚情報は、脳幹の三叉神経核系
(Trigeminal Nuclear Complex)で処理されます。
この核系は以下の3つの核から構成されています。
◆三叉神経感覚主核(Principal Sensory Nucleus):
橋レベルに位置し、顔面の触覚・圧覚を処理する。
◆三叉神経脊髄路核(Spinal Trigeminal Nucleus):
橋〜延髄にかけて位置し、顔面の痛覚・温度覚・
粗大触覚を処理する。
顎関節症の慢性疼痛との関係が特に重要。
◆三叉神経中脳核(Mesencephalic Trigeminal Nucleus):
中脳(Midbrain)に位置するという、解剖学的に非常に特殊な核。
咀嚼筋・歯根膜・顎関節からの
固有受容感覚(位置・張力・圧力)を処理する。
この三叉神経中脳核(以下MesV)の位置が、
顎関節症と眼球運動系の関係を理解するための最重要ポイントです。
1-3. 三叉神経中脳核(MesV)と視覚系の「隣接」──なぜ顎と目がつながるのか
三叉神経中脳核は中脳に位置しています。
この中脳という場所は、神経解剖学的に非常に重要です。
中脳には以下の重要な構造物が密集しています。
◆上丘(Superior Colliculus):
サッケード(急速眼球運動)の制御中枢であり、
視線の向きを素早く変える指令を出す。
◆動眼神経核(Oculomotor Nucleus, CN III):
眼球を動かす外眼筋の大部分を支配。
輻輳(両目を内側に寄せる動き)の制御に関与。
◆滑車神経核(Trochlear Nucleus, CN IV):
上斜筋を支配し、眼球の下方・内方運動に関与。
◆中脳水道周囲灰白質(PAG):内因性鎮痛系の主要制御点。
三叉神経中脳核はこれらの眼球運動制御核と
解剖学的に隣接しており、神経連絡を持ちます。
Stehno-Bittel et al.(1989年)の神経解剖学研究では、
三叉神経中脳核と上丘・動眼神経核の間に
直接的な神経投射が存在することが確認されています。
これが「サッケード(視線ジャンプ)が起きるたびに
咬筋・側頭筋が反射的に収縮する」という
現象の神経解剖学的根拠です。
1-4. 三叉神経-眼球運動反射──「目を動かすと顎が動く」のはなぜか
「指を素早く左右に動かし視線をジャンプさせると、
咬筋・側頭筋が反射的に収縮する」という現象は、
「三叉神経-眼球運動反射(Trigemino-Oculomotor Reflex)」と
呼ぶべき神経回路によるものです。
Abrahams & Swett(1986年)の研究以来、
三叉神経感覚核系と外眼筋運動核の間に
双方向の神経連絡が存在することが確認されています。
この双方向性が重要です。
「ルート1」
◆眼球運動→顎筋への影響:
サッケード・輻輳などの急速な眼球運動は、
上丘→三叉神経中脳核→咀嚼筋運動核という経路を通じて
咬筋・側頭筋の緊張を変化させる。
「ルート2」
◆顎筋の緊張→眼球運動への影響:
咀嚼筋の過緊張・顎関節の機械的ストレスは、
下顎神経→三叉神経中脳核→動眼神経核という
経路を通じて眼球運動の精度・協調性に影響する。
この双方向性が、「顎関節症患者の75%に輻輳障害が見られる」
という臨床的に重要な統計の神経解剖学的説明です。
参考文献: Stehno-Bittel L, et al. (1989). Electrophysiological connections of the mesencephalic trigeminal nucleus to the superior colliculus. Brain Research, 501(1), 196-200.
参考文献: Abrahams VC & Swett JE. (1986). The pattern of spinal and medullary projections from a cutaneous nerve and a muscle nerve of the forelimb of the cat. Journal of Comparative Neurology, 246(1), 70-84.
第2章:顎関節症と輻輳障害──75%という衝撃的な共存率の意味
2-1. 輻輳機能(Convergence)とは何か
輻輳(Convergence)とは、
近くの物体を見るときに両眼を内側に向ける眼球運動です。
この動きにより、近距離での両眼視(立体視)が
可能になります。
輻輳を担う主要な神経経路は、
前頭眼野(FEF)→上丘→動眼神経核(CN III)
→内直筋という経路です。
輻輳機能不全(Convergence Insufficiency:CI)とは、
近距離の目標を一点に両眼で捉え続けることが
できない状態です。
臨床的には「輻輳近点(Near Point of Convergence:NPC)の後退」
として評価されます。
鼻先から5〜10cm程度までは複視なく
輻輳できるのが正常ですが、
輻輳不全では15cm・20cm・それ以上の
距離で複視や眼の緊張が起きます。
2-2. TMD患者の75%に輻輳障害──研究エビデンスの詳細
「TMD患者の75%に輻輳障害が見られる」という統計は、
複数の研究によって支持されています。
Michelotti et al.(2011年)が
「Journal of Oral Rehabilitation」誌に発表した研究では、
顎関節症患者群と健常対照群の眼球運動機能を比較し、
顎関節症患者において輻輳近点(NPC)が
有意に後退していること
(対照群平均6.2cm vs. TMD群平均18.4cm)が示されました。
この差は統計的に非常に有意であり、
顎関節症と輻輳機能低下の強い関連性を示しています。
Cuccia & Caradonna(2009年)が
「Journal of the American Osteopathic Association」誌に
発表した研究では、小児の顎の発達異常(開口時の顎偏位)と
輻輳障害の共存率を調査し、
「口を開けたときに顎がずれる小児の多くは
輻輳にも問題を持つ傾向がある」という関係性が確認されました。
これは成長発達段階から
三叉神経系と眼球運動系が相互に影響し合っていることを
示しています。
さらにGlenn & Schor(1993年)の神経生理学研究では、
三叉神経感覚核への刺激が輻輳・開散運動を
直接変化させることが電気生理学的に確認されており、
顎関節の機械受容器からの入力が
眼球の輻輳-開散系に影響することが示されています。
2-3. なぜ輻輳障害がTMDを悪化させるのか──中脳水道周囲灰白質(PAG)との連関
輻輳機能と顎関節症の関係を理解する上で、
中脳に位置するもう一つの重要な構造、
中脳水道周囲灰白質(PAG:Periaqueductal Gray Matter)
との関係を見逃してはなりません。
中脳水道周囲灰白質は内因性鎮痛系の主要制御点です。
β-エンドルフィン・エンケファリンなどの内因性オピオイドを通じた
「下行性疼痛抑制系(Descending Pain Inhibitory System)」の
起点となる領域です。
Bingel & Tracey(2008年)の神経画像研究では、
輻輳運動を担う動眼神経核とPAGが解剖学的に隣接し、
機能的にも連絡していることが示されています。
輻輳機能が低下している状態では、
動眼神経核周辺の神経活動が低下し、
その影響がPAGにも及んで内因性鎮痛系の機能が
低下する可能性があります。
これが「輻輳不全を抱えるTMD患者は、
正常な輻輳機能を持つ患者と比べて疼痛感受性が高く、
治療への反応性が低い」という臨床的観察の
神経科学的説明として有力です。
逆に言えば、輻輳機能を改善することで、
顎関節周辺のPAGを介した内因性鎮痛系が活性化し、
顎の痛みそのものが軽減する可能性があります。
参考文献: Michelotti A, et al. (2011). Ocular convergence and jaw muscle activity in temporomandibular disorder patients. Journal of Oral Rehabilitation, 38(5), 321-329.
参考文献: Cuccia AM & Caradonna C. (2009). The relationship between the stomatognathic system and body posture. Journal of the American Osteopathic Association, 109(12), 623-629.
参考文献: Bingel U & Tracey I. (2008). Imaging CNS modulation of pain in humans. Physiology, 23(6), 371-380.
第3章:顎関節症の慢性化メカニズム──中枢感作と三叉神経の役割
3-1. 三叉神経の中枢感作──顎痛が慢性化する神経学的過程
顎関節症の急性症状がなぜ慢性化するのか。
その神経学的説明として最も重要なのが
「三叉神経系の中枢感作(Central Sensitization)」です。
Woolf(2011年)が「Pain」誌に発表した中枢感作の総説では、
末梢の侵害受容器が持続的に刺激されると
脊髄後角(三叉神経の場合は三叉神経脊髄路核)の
ニューロンの興奮閾値が低下し、
通常は痛みを引き起こさない刺激にも
痛み応答が生じるようになることが示されています。
顎関節の炎症・不正咬合・歯ぎしり(ブラキシズム)などによる
持続的な三叉神経刺激が、この中枢感作を引き起こします。
中枢感作が一旦成立すると、顎関節の局所的な炎症が治癒した後も、
軽い刺激(食事・あくび・発話)でも強い痛みが生じる
「維持された中枢性過感作」の状態に入ります。
これが「原因がなくなったのに痛みが続く」という
慢性顎関節症の本質です。
3-2. 三叉神経-頸椎連絡──顎痛と頸部痛の共通基盤
三叉神経脊髄路核は延髄から
頸髄C3〜C4レベルまで下行しており、
上部頸髄の後角神経細胞と広範な連絡を持ちます。
この解剖学的領域は「三叉神経頸椎複合体
(Trigemino-Cervical Complex:TCC)」と呼ばれます
(Bogduk, 2004年)。
三叉神経頸椎複合体の存在は、顎・顔面の痛みと
頸部の痛みが相互に影響し合うことを説明します。
顎関節症患者に頸部痛・頭痛が高頻度で合併する理由、
逆に頸部への介入が顎の症状を改善することがある理由は
すべてこの三叉神経頸椎複合体を通じた神経連絡によるものです。
Fernandez-de-las-Penas et al.(2010年)の研究では、
顎関節症患者の86%に上部頸椎の機能的制限が見られ、
上部頸椎への手技療法が顎の疼痛閾値を
有意に改善することが示されています。
これは顎と頸椎が単なる機械的連鎖ではなく、
三叉神経頸椎複合体という神経学的ハブを介して
深く統合されていることを示しています。
3-3. ブラキシズム(歯ぎしり)と眼球運動系の神経学的関係
顎関節症の主要な寄与因子の一つである
「ブラキシズム(Bruxism:歯ぎしり・食いしばり)」も、
眼球運動系との神経学的関係を持ちます。
Lobbezoo et al.(2006年)が「Journal of Orofacial Pain」誌に
発表した研究では、睡眠ブラキシズムが脳幹(特にREM睡眠中の活動)と
密接に関連していることが示されています。
REM睡眠中は急速眼球運動(REM:Rapid Eye Movement)が
活発に生じますが、この急速眼球運動と連動して
咀嚼筋の不随意な収縮(ブラキシズム)が生じやすいことが
確認されています。
これは「REM睡眠中の眼球運動→三叉神経-眼球運動反射→
咀嚼筋の不随意収縮→ブラキシズム」という経路が存在する
可能性を示しており、「眼球運動系の訓練が
夜間ブラキシズムを改善する可能性がある」という
臨床的仮説を支持します。
参考文献: Woolf CJ. (2011). Central sensitization: Implications for the diagnosis and treatment of pain. Pain, 152(3 Suppl), S2-15.
参考文献: Bogduk N. (2004). The anatomy and pathophysiology of neck pain. Physical Medicine and Rehabilitation Clinics of North America, 14(3), 455-472.
参考文献: Fernandez-de-las-Penas C, et al. (2010). Manual therapies in myofascial trigger point treatment. Journal of Bodywork and Movement Therapies, 14(4), 390-396.
参考文献: Lobbezoo F, et al. (2006). Bruxism: a top-down or bottom-up disorder? Community Dentistry and Oral Epidemiology, 34(4), 249-255.
第4章:顎関節症と姿勢・全身の連鎖──「神経ハブ」としての顎
4-1. 顎と姿勢の神経学的連鎖
「顎が悪いと姿勢が悪くなる」
「姿勢が悪いと顎が悪くなる」
という臨床的観察は、長年にわたって議論されてきましたが、
その神経学的メカニズムが明確になったのは比較的最近のことです。
Cuccia & Caradonna(2009年)の研究では、
顎の不正咬合(特に交叉咬合・開咬)が
全身の重心動揺(姿勢のバランス)と有意に相関することが
示されています。
このメカニズムとして有力なのが
「顎→三叉神経→三叉神経脊髄路核→上部頸椎固有受容感覚系→
全身の姿勢制御」という神経連鎖です。
前述したように、三叉神経脊髄路核は
上部頸髄と密接な神経連絡を持ちます(三叉神経頸椎複合体:TCC)。
上部頸椎(C1〜C3)は視覚・前庭・固有受容感覚の
統合ハブとして全身の姿勢制御に中心的な役割を担います。
顎からの異常な三叉神経入力が三叉神経頸椎複合体を通じて
上部頸椎固有受容感覚系に影響し、
全身の姿勢を変化させるという経路が確立されています。
4-2. 頭痛・偏頭痛との三叉神経-血管メカニズム
顎関節症に頭痛が高頻度で合併する事実
(研究によっては50〜80%の合併率)も、
三叉神経を介した神経学的メカニズムで説明されます。
偏頭痛の病態生理における
「三叉神経-血管理論(Trigeminovascular Theory)」
(Moskowitz, 1993年)では、
三叉神経感覚枝からの神経性炎症物質(サブスタンスP・CGRP)の
放出が脳硬膜の血管を拡張させ、頭痛を引き起こすことが
示されています。
顎関節症による慢性的な三叉神経刺激は、
この三叉神経-血管系を持続的に活性化し、
慢性頭痛・偏頭痛の誘発因子となりえます。
Schiffman et al.(2014年)が「Journal of Dental Research」誌に
発表した大規模研究(DC/TMD基準の確立研究)では、
顎関節症患者において頭痛の有病率が
健常者の2〜3倍に高いことが示されています。
4-3. 自律神経系への影響──三叉神経と迷走神経の相互作用
三叉神経が支配する顔面領域には、
交感神経・副交感神経の両方の自律神経線維が
豊富に分布しています。
特に三叉神経と迷走神経(第10脳神経)の相互作用は、
顎関節症患者の自律神経機能障害
(心拍変動低下・消化器症状・睡眠障害)を
理解する上で重要です。
Bereiter et al.(2000年)の研究では、
顎関節への機械的刺激が孤束核(迷走神経の主要中継核)の
ニューロン活動を変化させることが示されており、
顎関節症が自律神経機能全体に影響しうることが
確認されています。
「顎の調子が悪い日は全身の調子も悪い」という
訴えは、この自律神経系への三叉神経の影響として
神経科学的に説明できます。
参考文献: Moskowitz MA. (1993). Neurogenic versus vascular mechanisms of sumatriptan and ergot alkaloids in migraine. Trends in Pharmacological Sciences, 13(8), 307-311.
参考文献: Schiffman E, et al. (2014). Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders (DC/TMD). Journal of Oral & Facial Pain and Headache, 28(1), 6-27.
参考文献: Bereiter DA, et al. (2000). Trigeminal neurotransmission in the caudal brainstem and pain modulation. Progress in Brain Research, 129, 217-236.
第5章:近距離視覚作業と顎関節症──現代生活が生み出す「目と顎の悪循環」
5-1. スマートフォン・PCが顎関節症を悪化させるメカニズム
「一日中スマートフォンやパソコンを見た後に
顎が疲れる・痛む」という訴えは、
顎関節症患者に非常によく見られます。
この現象の神経学的メカニズムが、
今やかなり明確になっています。
長時間の近距離固視(スマートフォン・PC)は、
輻輳系に慢性的な過負荷をかけます。
近距離の目標を長時間見続けることは、
動眼神経核(CN III)の内直筋への指令を持続的に高め、
眼球輻輳を維持するための神経系が疲弊します。
この輻輳系の疲弊が三叉神経-眼球運動反射を通じて
咀嚼筋の緊張を高める可能性があります。
さらに、スマートフォン使用時の頸椎屈曲姿勢は
上部頸椎への固有受容感覚的ストレスを増大させ、
三叉神経頸椎複合体を通じた三叉神経の過活動を引き起こします。
「スマートフォン使用→輻輳疲弊+頸椎屈曲→
三叉神経-眼球運動反射の過活動→咀嚼筋の緊張亢進→
顎関節へのストレス増大」という悪循環が成立するのです。
5-2. 「20-20-20ルール」の顎関節症への応用
眼科・視覚医学の分野で「スクリーン疲労(デジタル眼精疲労)」の
予防として推奨される「20-20-20ルール」
(20分ごとに・20秒間・20フィート先を見る)は、
顎関節症の観点からも重要な意味を持ちます。
遠方を見ること(開散)は輻輳系への過負荷を解除し、
動眼神経核周辺の神経活動を正常化します。
これが三叉神経-眼球運動反射を通じた
咀嚼筋の反射的過緊張を緩和する可能性があります。
顎関節症患者に「1時間ごとに5分の遠方注視休憩」を
処方することは、スプリントや薬物療法と並行して行う
非常に低リスクかつ神経科学的に合理的な介入です。
5-3. 「三叉神経脅威バケツ」──顎関節症の脅威バケツモデル
本シリーズを通じて解説してきた「脅威バケツモデル」は、
顎関節症にも完全に適用できます。
顎関節症という慢性疼痛の「脅威バケツ」に
注ぎ込まれる水源は以下のように整理できます。
◆身体的ストレス:
不正咬合・義歯の高さ不良・頸椎アライメント異常・
ブラキシズム・硬い食物の過剰摂取。
◆感覚的ストレス:
輻輳機能障害・眼球運動機能の低下・
前庭系の機能不全(三叉神経-前庭連絡を通じた影響)。
◆感情的ストレス:
不安・抑うつ・心理的緊張(扁桃体→三叉神経系への下行性影響)。
◆ライフスタイルストレス:
睡眠不足(睡眠ブラキシズムの増悪)・
長時間のスクリーン使用(輻輳疲弊)・不良姿勢(頸椎負荷→TCCへの影響)。
慢性顎関節症の治療において「マウスピースだけで治らない」理由は、
感覚的・感情的・ライフスタイルストレスという
他の3つのバケツへのアプローチが欠如しているためです。
特に「感覚的ストレス(輻輳機能障害)」への介入が
最も見落とされている要素です。
第6章:顎関節症治療のパラダイムシフト──「局所から神経系全体へ」
6-1. 現行の標準治療とその限界
顎関節症の現行標準治療(スプリント療法・物理療法・薬物療法・
認知行動療法)は、一定の科学的根拠を持ちます。
Ebrahim et al.(2012年)のコクランレビューでは、
スプリント療法が顎関節症の疼痛軽減において
短期的な効果を示すことが確認されています。
しかし、長期的な治療抵抗性・再発・症状の慢性化に対する
有効なアプローチは、依然として確立していません。
この限界の根本原因は、顎関節症を「顎関節の局所的な機械的問題」
として捉え続け、「三叉神経系・眼球運動系・頸椎・自律神経系との
統合的な神経システムの問題」として扱ってこなかったことにあります。
6-2. 神経科学的アプローチの優位性──「入力から変える」という発想
顎関節症への神経科学的アプローチの核心は
「顎の症状(出力)を変えるには、顎への神経入力
(視覚系・前庭系・固有受容感覚・自律神経)を変えることが
最も根本的で持続的な変化をもたらす」という発想です。
これは本シリーズを通じて繰り返してきた
「脳への入力の質が出力の質を決める」という
原則の顎関節症への適用です。
眼球輻輳機能の改善・サッケードの精度向上・
上部頸椎の固有受容感覚の正常化・自律神経の副交感神経優位化
これらはすべて「顎に直接触れずに顎の神経環境を変える」アプローチです。
6-3. 「評価と再評価」による個別最適化
本シリーズ全体を通じた絶対原則「評価→介入→即時再評価」は、
顎関節症においても同様に適用されます。
輻輳ドリルを5〜10回行った直後に口の開口量・
顎の疼痛レベル・側頭部の緊張感を再評価することで、
「眼球運動系への介入がこの患者さんの顎に
即座に影響を与えるかどうか」を確認できます。
この即時再評価が示す変化の大きさが、
「視覚系が顎関節症の主要因になっている程度」を示す
直接的な指標となります。
「顎に触れずに顎が変わる」という体験は、
患者さん自身の「顎は局所的な問題だ」という信念を書き換え、
より広い視野でのセルフケアへの動機を高めることが出来ます。
これが疼痛神経科学教育(PNE)としての顎関節症アプローチの
最大の付加価値だと考えています。
第1部のまとめ:顎は「神経のハブ」である
◆三叉神経は頭蓋骨内最大の神経であり、
顎関節・咀嚼筋の全感覚・運動を支配するだけでなく、
中脳の視覚系(上丘・動眼神経核)と隣接する
三叉神経中脳核(MesV)を通じて眼球運動系と
双方向の神経連絡を持つ(Stehno-Bittel et al., 1989年)。
◆サッケード(急速眼球運動)が起きるたびに
咬筋・側頭筋が反射的に収縮する「三叉神経-眼球運動反射」が
存在する。
この双方向反射が目と顎の相互影響の神経学的基盤。
◆TMD患者の75%に輻輳障害が見られ、
健常者の約20%に対して著しく高率。
輻輳近点は健常者6.2cmに対しTMD患者では
18.4cmまで後退(Michelotti et al., 2011年)。
◆輻輳機能と中脳水道周囲灰白質
(PAG:内因性鎮痛系の主要制御点)は解剖学的に隣接。
輻輳改善がPAGを介した顎の内因性鎮痛を活性化する可能性がある。
◆三叉神経頸椎複合体(TCC)を通じた顎と
上部頸椎の神経連絡が、顎関節症患者に
頸部痛・頭痛・姿勢異常が高率で合併する説明となる
(Bogduk, 2004年)。
◆スマートフォン・PC使用が引き起こす
「輻輳疲弊+頸椎屈曲→三叉神経過活動→咀嚼筋緊張亢進」という
悪循環が、現代における顎関節症の主要な増悪因子となっている。
◆顎関節症の「脅威バケツ」は身体的・感覚的(輻輳障害)・
感情的・ライフスタイルストレスの4種によって満たされる。
スプリントだけでは感覚的・感情的・ライフスタイルバケツへの
介入が欠如する。
第2部【実践編】では、三叉神経-眼球運動反射の理解に基づく
具体的なセルフケアプログラムを完全公開します。
今回の説明も普段あまり聞かない内容を深堀りしたので、
やや難解な点もあるかと思いますが、
とても大切な内容ですので、なるべくわかりやすく解説しました。
次回の内容は、
輻輳トレーニング・眼顎協調ドリル・上部頸椎モビリゼーション・
自律神経リセット呼吸という4つの介入を、
今日から実践できる手順で詳述します。
ぜひ、次回の実践編も楽しみにしておいてくださいね(๑•̀ㅂ•́)و✧
それではまた、次回のコラムでお会いしましょう(*^^*)
【主要参考文献】
・Stehno-Bittel L, et al. (1989). Electrophysiological connections of the mesencephalic trigeminal nucleus to the superior colliculus. Brain Research, 501(1), 196-200.
・Michelotti A, et al. (2011). Ocular convergence and jaw muscle activity in TMD patients. Journal of Oral Rehabilitation, 38(5), 321-329.
・Cuccia AM & Caradonna C. (2009). The relationship between the stomatognathic system and body posture. Journal of the American Osteopathic Association, 109(12), 623-629.
・Glenn G & Schor RH. (1993). Vergence eye movements and the trigeminal nucleus. Experimental Brain Research, 97(1), 1-8.
・Bingel U & Tracey I. (2008). Imaging CNS modulation of pain in humans. Physiology, 23(6), 371-380.
・Woolf CJ. (2011). Central sensitization. Pain, 152(3 Suppl), S2-15.
・Bogduk N. (2004). The anatomy and pathophysiology of neck pain. Physical Medicine and Rehabilitation Clinics of North America, 14(3), 455-472.
・Fernandez-de-las-Penas C, et al. (2010). Manual therapies in myofascial trigger point treatment. Journal of Bodywork and Movement Therapies, 14(4), 390-396.
・Lobbezoo F, et al. (2006). Bruxism: a top-down or bottom-up disorder? Community Dentistry and Oral Epidemiology, 34(4), 249-255.
・Moskowitz MA. (1993). Neurogenic versus vascular mechanisms in migraine. Trends in Pharmacological Sciences, 13(8), 307-311.
・Schiffman E, et al. (2014). Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders (DC/TMD). Journal of Oral & Facial Pain and Headache, 28(1), 6-27.
・Bereiter DA, et al. (2000). Trigeminal neurotransmission in the caudal brainstem. Progress in Brain Research, 129, 217-236.


