出資比率は絶対ではない(出光興産事件)
以下は、当事務所の弁護士であり、広島大学名誉教授(会社法)の肩書きを持つ後藤紀一が、」まとめた記事です。会社法や証券取引に関心を持つ人には有益だと思いますので、紹介します。
SMBC日興証券相場操縦事件
弁護士後藤紀一
1 SMBC日興証券の相場操縦事件の特異性
これまで相場操縦事件と言えば、デイトレーダーグループや「仕手筋」による株価操作事件などであったが、昨年(2021年)の末、日経新聞に証券取引等監視委員会がSMBC日興証券(以下、SMBC日興という)の相場操縦疑惑につき解明作業を行っている旨の記事が掲載されて以来、継続して報道されるようになり、大きな社会問題の様相を呈してきた。これまでSMBC日興のような大手証券会社の1角を占める証券会社が相場操縦事件の疑いで強制調査を受けた例はないという点で、特異な事件である。最終的には、東京地検特捜部が2022年3月25日に副社長Aおよび数名の幹部社員が相場操縦罪で起訴されたともに、両罰規定により法人としてのSMBC日興も刑事責任を問われる可能性が出て、事件としては一応の終局になった(日経2022/3/25「SMBC日興を起訴 相場操縦罪、大手証券で初 副社長逮捕 公正な価格形成阻害」)。
今後、刑事裁判の場で争われることになるが、なぜSMBC日興のような大手証券会社がこのような事件に手を染めるきっかけになったのか、どのような手法を使ったのか、内部統制システムを構築しているはずの大会社において、なぜ内部的にストップをかけることができなかったのか等、いろいろ検討する問題は多い。
2 SMBC日興の行った相場操縦行為
(1)相場操縦行為
相場操縦行為とは、一般には、「市場において相場を意識的、人為的に変動させ、その相場をあたかも自然の需給によって形成されたものであるかのように装い、他人を誤認させ、その相場の変動を利用して自己の利益を図ろうとする行為」とされている。金商法の条文では、①仮装取引(159条1項1号~3号)、②馴合取引(159条1項4号~7号)、③変動操作(159条2項1号)、④表示による相場操縦(159条2項3号)、⑤安定操作取引(159条3項)をいう。
(2)本件の相場操縦行為の実態
証券取引等監視委員会の事実認定によると、副社長のAの他6名の社員が共謀の上、10社の上場会社が発行した株式につき「ブロックオファー」取引を行うとともに、取引当日の終値が前日の終値に比して大幅に下落することを回避し、その株価を一定程度に維持することを目的に、取引時間終了間際に自己資金により大量の株式を指値をして購入したという。証券取引等監視委員会は、このような行為は金商法が禁じる株式の相場を安定させる目的をもって行う相場操縦に該当するとして、検察当局に告発した(証券取引等監視委員会「SMBC日興証券株式会社による相場操縦事件の告発について」)。他の大手証券会社では、ブロックオファー銘柄は、原則自己売買禁止となっていた点においても特異性がある。
(3)ブロックオファー取引
上記のブロックオファーとは、取引市場外で証券会社が企業等の大株主から一括して株式を安く買い、これを市場価格より割安で取引時間外で投資家に転売する取引をいう。ブロックオファー取引は、大株主が一度に大量の株を売却すると、大きく値崩れするリスクを最小限に抑えることができ、転売を受ける投資家は市場価格より割安で株式を取得でき、証券会社は、その間の差額を儲けることができるという3当事者ともウインウイン関係(三方良し)にある取引であって、証券業界では一般に行われる取引形態である。
わが国では、安定株主の確保等の関係から長年に渡って政策保有株式(相互持合株式)が利用されてきたが、政策保有株式は、国際的には例を見ない存在であるとされる。コーポレートガバナンス・コードも政策保有株式の保有の適切性当を問題視しており、合理的説明のつかない政策保有株式の縮減を求めている。
近時、ブロックオファー取引が増加した背景には、2022年4月から開始された東証の市場区分の改訂に伴い、国際的に通用する企業のランク付けとして新たに「プライム上場」市場が開設されたことに大きな原因があるという。プライム市場上場会社には、コーポレートガバナンス・コードの全条項が厳格に適用されるほか、プライム市場上場の要件である株式の流動性比率を上げること、および機関投資家(ことに外資系の)からの圧力等により、政策保有株式を解消することを迫られた企業が増加したことが背景にあるという(大浦秀和「SMBC日興証券相場操縦事件の教訓 『稼ぐ人達』に組織が引きずられた理由、「持ち合い解消」の流れの中で…」(財界ONLINE2022/03/24)。
(4)SMBC日興の内部管理体制の問題点
ア 本件相場操縦行為に関する被告人の違法性の認識
本件は、刑事事件に発展したケースであるが、被告人側は、通常の業務行為であって、違法性はないと主張している。刑事犯罪の場合は、無罪推定が働くので、検察は疑いのない程度まで立証しなければならないが、証券取引等監視委員会は、これをクリアできるとみて告発したのであろう。。
本件の一連の相場場操縦疑惑行為について、SMBC日興の内部管理体制はどうなっていたかが問題になるが、この点について、すでに社内で監視・審査を行う売買管理部が「不審な取引」として指摘していた。しかし、被告人達はこれを無視したという(JIJI.COM 「SMBC日興証券相場操縦事」)。さらに本件事件では、証券取引等監視委員会が2020年秋に同社に検査に入った後も、被告人らは不正を否定し、その後も相場操縦が疑われる大量購入を続けたという。
(5)被告人の特性
通常の場合は、内部監査部門から違法性の可能性を指摘されると、当該行為を中止すると思うが、被告人は全員これを無視した。一体なぜなのか疑問が湧くが、東京地検特捜部によると、被告人は全員外資系出身で、SMBC日興の資金で株取引を行うトレーディング部署に所属していた。同部署は近年、急成長を遂げており、トレーディング損益の黒字は16年3月期の188億円から21年3月期は773億円と4倍超に伸びたという。この実績によってSMBC日興の内部で異議を唱える者もいなくなり、コンプライアンス(法令順守)の意識も薄れ、行き着くところまで行ってしまった感がある(日経2022/3/25「SMBC日興、市場の信頼損ねる収益化急ぎひずみ 社長「内部管理体制、十分でなかった」)。
3 本件の相場操縦罪以外の責任関係
(1)役員の法的責任
相場操縦行為によって、行為者が個人としての刑事責任を負う可能性があることは、いわば自業自得といえるが、本件ではSMBC日興の副社長が業務に関して組織的に行った行為であるから、個人の刑事責任の他、SMBC日興本体も両罰規定を適用して刑事責任を問われる可能性が生じた。法人には肉体がないので、懲役とか禁固刑はないが、罰金額は巨額である(金商法207条)。
SMBC日興に罰金刑が科された場合、その金額は会社が直接被る損害であるが、それ以外でも今後、同社が被る損害は莫大なものなる可能性がある。会社と会社役員の関係は、委任関係であるから、本件につき任務懈怠(善管注意義務違反)のある役員は、会社に対して損害賠償責任を負う。会社の不祥事がマスコミ等で明るみに出た場合、多くの場合、株主代表訴訟が提起されている。
(2)金融庁の行政処分と信用失墜のリスク
証券取引等監視委員会は今後、SMBC日興の業務が適正だったかどうか調べる。金融庁はその結果を踏まえ、業務停止も視野に入れて今夏にも行政処分を検討する見通しという(日経2022/4/14「金融庁、行政処分を検討へ」)。
処分が出た場合は、おそらく新聞等で大きく報道され、一般に広く知れ渡ることになろう。今回の刑事訴追を受けた段階においても、すでに一部の機関投資家は同社との取引を停止しているが、新たに行政処分が出た場合には、SMBC日興の社会的信用失墜のリスク(レピュテーションリスク)は計り知れない。同社と取引する他の企業の株主である機関投資家は、経営者に取引の停止を求める可能性もある。今後、同社の経営の根底を揺るがすことになるかも知れない。かつて山一証券は、法令遵守を怠り不正行為を行った結果、倒産した例もある。
4 罰則
本件において、リーダー格の副社長を始めとする被告人が有罪となった場合の刑事責任は、10年以下の懲役もしくは1千万円以下の罰金または併科となっている。10年以下の懲役は、一般の財産犯では窃盗罪と同じ罪責である。また、本件では、両罰規定によって、SMBC日興が法人としての受ける可能性のある罰金の金額は、7億円以下である。
この刑罰の量刑が相当かどうかは問題がある。というのは、米国では金融市場をゆがめる犯罪へは重罰が科される。2010年に米国株式相場が数分間で約1000ドル急落する原因をつくったとされたトレーダーには、米当局は当初380年の量刑に相当すると主張していた(上記日経「SMBC日興、市場の信頼損ねる 収益化急ぎひずみ 社長「内部管理体制、十分でなかった」)。アメリカでは証券市場が国民の資産形成に大きく寄与していることから、証券市場の不正行為に厳罰で臨む姿勢が徹底している。一罰百戒という諺もあるように、今回の事件を契機に、わが国でも株式市場の不公正行為に対して、罰則が厳しくなる可能性もある。