「宜しくお願い致します」という書き方は間違い
「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、之を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し。」という文は,日ロ戦争の天王山ともいうべき日本海海戦の戦端が,今まさに開かれようとする中で,発せられた電文です。
第1文は,連合艦隊幕僚室で起案して,参謀の秋山真之に提出。これに秋山参謀が第2文を加筆。その瞬間,この千古の名文が誕生したのです。
参謀秋山真之は,「天気晴朗」によって視界が開けている様を,敵軍を逃すことはないことを,「波高し」で海が荒れていることを,豊富な軍事訓練を繰り返し満を持す日本軍が,長途の軍旅を経てきたバルチック艦隊よりも有利な立場にあることを,伝えたのだとされています。
簡にして要を得た文。波濤万里の彼方の情景を眼前に見せるがごとき文。
秋山真之が作ったこの文は、文の真骨頂ここに見たり。という感がします。
文や文章は,長い歴史の中で,先人の叡智で磨かれ,匠の技を見せ、数多の名文、美文、格言などが生まれてきました。
公用文である、この文もしかりです。
公用文というと、人の心に残らない、無味乾燥の、人の情というものとは無縁な文章と思われがちですが、決してそうではありません。
判決書の中にも、「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。」(昭和23年3月12日最高裁判所大法廷判決)という、法曹人の口に膾炙してきた文も生まれました。
この最高裁判決は、死刑制度に対し、正面から取り組みます。生命の尊厳と死刑制度の存置という重い問題に、真摯に、真剣に、取り組んでいる姿を如実にしているのです。
現在,公用文は,昨日のコラムで紹介したように、その書き方が,「常用漢字表」などによって制限を受けることになっています。しかし,これは、公用文を無味乾燥な事務文書にするためではありません。公用文を,より分かりやすくするためです。