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否認権行使という用語の誤解

菊池捷男

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テーマ:民法雑学

 カード会社が,会員から,毎月,銀行引落としで,支払を受けていますが,その方法による支払について,会員甲の代理人になったという弁護士乙から,カード会社に電話連絡があり,乙弁護士は,カード会社の従業員に対し,①甲の債務整理を受任した。➁その直後になされた銀行からの引落しは偏波弁済になる。③偏波弁済は“否認権”行使の対象になる。④そこでその銀行引落とし分を返金してほしい,と言ってきた,という相談があり,驚きました。
 債務者には,自分の意思で支払った債務の弁済金の返還を求める権利は,無論,ありません。債務者に,“否認権”などという権利も無論ありません。
 否認権というのは,債務者につき破産手続が開始され,破産管財人が選任された場合等法的な整理をする場合に,全債権者に不公平となる弁済を否認するという権利,すなわち,「否認権」が破産管財人等に与えられる場合がありますが,しかし,その場合でも,債務者が,通常の取引の中で,通常に支払ってきた債務の弁済を,否認できるというものではありません。
 この相談をしてきたカード会社の従業員のように,法律家でない人は,否認権の行使という耳慣れない言葉を、弁護士から聞かされると、あたかも、会社が弁済を受けたことについて、当然否認され、会社は、それを返金する義務があると勘違いするかもしれません。 法律家でない人が,誤解をするような,法律用語を,弁護士が用いるのは,悪意がないとしても,あってはならないことです。
 そこで,破産法に規定された否認権について、以下のとおり解説しておきます。

 破産法上、否認権の根拠規定は、160条から166条までありますが、否認権の行使ができるのは,原則として,160条1項の1号と2号のみです。しかしながら、1号も2号も、下記のとおり、「ただし書」を見ていただけば分かるように、破産債権者を害することを知らずに弁済を受けた場合は、否認の対象にはならないのです。要は、通常の取引過程で、当然受けるべき弁済を受けたという場合は、否認の余地はないということなのです。

【破産法上の否認の根拠規定の解説】
破産法160条関係 (破産債権者を害する行為の否認)
1号 破産者が破産債権者を害することを知ってした行為。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。
2号 破産者が支払の停止又は破産手続開始の申立てがあった後にした破産債権者を害する行為。ただし、これによって利益を受けた者が、その行為の当時、支払の停止等があったこと及び破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。

その他,否認権に関する規定は,
破産法162条関係 (特定の債権者に対する担保の供与等の否認) 
破産法163条関係 (手形債務支払の場合等の例外)
破産法164条関係 (権利変動の対抗要件の否認) 
破産法165条関係 (執行行為の否認) 
破産法166条関係 (支払の停止を要件とする否認の制限)
などがありますが,このうち誤解されやすいのは,破産法162条2項の危機否認です。
乙弁護士の誤解もこれではないかと思われます。

 この規定は,「破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前30日以内にされたもの。ただし、債権者がその行為の当時他の破産債権者を害する事実を知らなかったときは、この限りでない。」は否認できるという規定ですが,この規定のうち「支払不能になる前30日以内にされたもの」は否認できるという部分のみを見て,今回のような弁済を,否認できると,誤解する人が結構いるのです。 
 しかしながら,この条文は,「破産者の義務に属せず、又はその時期が破産者の義務に属しない行為であって、支払不能になる前30日以内にされたもの」なのですから,通常の取引で,弁済期に弁済したものは,当然「破産者の義務に属する弁済」ですから,破産法162条2項の「破産者の義務に属しない」という要件を満たしていないのです。
 ですから,今回のカード会社が弁済期に弁済を受けた行為は,否認権の対象にはならないのです。

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菊池捷男(弁護士)

弁護士法人菊池綜合法律事務所

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