必要は法なき所に法を生む (判例の意義)
人好株式会社がショッピングセンターを建築しようとしていることを耳にした口説上手助が,手抜建設株式会社の手抜悪太郎社長を連れて,人好株式会社へ出向き,手抜建築がいかに手抜きをしない誠実で優秀な会社であるかを口説くことしきりに,ショッピングセンターを建築させてくれるようにと懇請した。
口説き上手な口説上手助の懸河の弁に魅了され,社長の人野好夫は,口説上手助に対し,「君が全責任をとると念書に書いて提出してくれたら,手抜建設に仕事を任せよう。」と言ったものだ。
そこで,口説上手助は,人好株式会社あてに「手抜建設がショッピングセンターを建築することになった場合,私が全責任を負います。」と書いた念書を交付した。
そして,手抜建設は,人好株式会社との間に建築請負契約を結んで,建築工事をした。
ところが,である。
手抜建設が建物を完成させ,人好株式会社に引き渡した直後からだ。出るわ,出るわ。雨漏り,水漏れ,床傾斜,さらにはイタチに鼠に馬,羊。要は,建物は倒すしかない大手抜きであった。その後,手抜悪太郎,夜逃げまでしてしまった。かくて,人好株式会社は,口説上手助を被告として,念書を盾に,訴訟を起こしたのだが・・・さて,どうなるのか?結果は。
東京地裁平23年3月25判決(判例検索には出てこないが,不動産専門弁護士の著書に紹介があったので間違いないだろうし,理由は,我が輩も納得できる裁判例だ)は,甲が乙社に対し、丙が建物を建築することについて、全責任を負うと約束をしても,その内容は一義的に明確とはいえない。要は,約束の内容が不明確である。法令用語としての「責任」は、民法709条の「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」という規定から判断して、故意過失を意味する法令用語であるので,甲が乙社に対して「全責任を負う」と約束をしたからといって、甲に故意過失のない場合についてまで、賠償義務を負うと約束したとは考えられない。そして,丙社がした工事について瑕疵があったことは認められるが,それが甲の故意又は過失によるものとは認められないので,甲には責任はない。と判示したようだ。理はまさにそのとおりだと,我が輩も思う。
人好株式会社が口説上手助に対し,損害賠償請求訴訟を起こしても,同じ結果になるのだろう。
ここに教訓がある。すなわち,「全責任を負う」など意味の明確でない約束をさせるべきではなかった。ただたんに,責任をとると約束した者には,最初の段階で,建物建築請負契約書の連帯保証人欄に署名押印させておけばよかったのである。たったそれだけのことであったのだ。