「信頼される上司の“聴く力”と“質問力”」
よく、夫婦の会話で、
奥さんが職場の不平不満を話して、ご主人が、
「だったら辞めればいいのに」
と言うと、奥さんは、
「いや、そういうことじゃないのよ」
って思う。
ご主人は、その奥さんの心情が理解できない。
なんてことありますよね。
もちろん、男性だから、女性だからと限定されることではないんですが、
こういうことって、職場でも普通に起こっています。
もっともわかりやすい例をあげると、
スタッフから、給料が安いと不満が出たとします。
それに応えようと、経営者が給料をアップさせました。
じゃあ、それでスタッフの不満が出なくなるかと言うと、そうなりません。
また別の不満が出てきます。
私たちはすぐに「正解」を出そうとします。
「スタッフの不満が出るのは、給料が安いからだ。給料を上げたら気持ちよく働いてくれる」
という答えを求めて、正解だと決めつけます。
そして、その「正解」と思った答えがうまくいかないと、
次に、「悪者」を決めます。
「不満に応えてあげたのに、まだ不満を言うスタッフが悪い」
とか
「スタッフの不満に対応できない自分が悪い」
とか
「社会情勢が悪い」
とか。
正解を出さなくていい。
悪者を作らなくていい。
コミュニケーションの目的は、正解を出すことでも、悪者を決めることでもない。
黙って話を聴いて、共感するだけでも、多くのことはうまくいきます。
昨夜、息子が妻のスマホを何やらいじってました。
妻の呼びかけに返事もせず、黙々と。
それを見て、つい私は、
「息子がスマホゲームに夢中になって、返事もしない。やめさせないといけない」
と、瞬間的に思ってしまい、息子を悪者にし、
「ゲームに夢中になって返事もできないのはダメ」
と正解を決めつけました。
息子は、「ゲームなんかしてない!」と反発。
その答えに、私はさらにイラっとしてしまった。
そこで私は我に返り、何をしていたのか、ちゃんと話を聴き、
その上で、お母さんが呼びかけていたのに返事をしなかった現状を認識してもらい、
どうすればいいかを息子本人に決めてもらった。
正解と悪者の決めつけをしたことで、互いにイラっとしてしまった。
何の問題も起こらない組織・コミュニティなんて滅多にありません。
問題が起こったときに、
正解と悪者を決めつけるのか、
傾聴と共感をするのかで、その組織・コミュニティの雰囲気が変わります。


