第10回 発明は天才のひらめきによるものではない
本コラムの第76回及び第77回で指摘したとおり、我が国の科学技術の没落が激しい。ALPS処理水が2023年8月24日に海洋放出されるようである。しかし、処理水の海洋放出は不要にできたはずである。
§1 処理水の元は遮水壁として採用した凍土壁の漏水
なぜ処理水は発生するのかという議論が曖昧にされているのではなかろうか。
原子炉内には、燃料デブリという溶け落ちて固まった核燃料があり、燃料デブリに触れた水が汚染水となる。しかし、原子炉は循環水で冷却しているので、循環水が漏洩しなければ、海洋放出の必要はない。
問題は図1に示すように、第1号炉~第4号路及びタービン建屋の地下ピットに高濃度汚染水が滞留していることである。そして、第1号炉~第4号路の建屋及びタービン建屋にはひび等があり、建屋の周りの地下水の水位を、高濃度汚染水のレベルよりΔhだけ高くし、圧力で高濃度汚染水が建屋の外に漏洩しないようにする必要があることである。
【図1】高濃度汚染水の漏洩を防ぐには地下水の水位を高くする必要がある。
現状では原子炉建屋の周りには、Δhだけ高い、一定の水位が確保できる地下水が必要になっている。
原子炉建屋には制御できない雨水や地下水が入ってくるため、余剰の水が発生し、この余剰分の水をALPSで浄化したものがALPS処理水となり、タンクに貯蔵しきれなくなって、海洋放出されるのである。
原子炉の建屋を遮水性の高い遮水壁で覆い、地下水に対して、独立した密閉空間を構成し、この状態で、原子炉建屋の周りに一定の水位となる地下水を循環させれば、余剰の水は発生しないはずである。
§2 凍土壁の採用は東京電力のエゴが原因
2011年3月、汚染水対策の「中長期対策プロジェクト」では、リーダーの民主党馬淵澄夫首相補佐官(当時)を中心として、(a)キャッピング、(b)凍結バリア、(c)鉛直バリア、(d)透過性反応バリアの4つの遮水壁の工法が検討された。その結果、採用されたのがチェルノブイリでも実績のある「鉛直バリア方式」だった(平成25年9月27日第184回国会 経済産業委員会馬淵委員の質問を参照。)。
(c)の「鉛直バリア方式」は、鉱物が入った粘土を使って遮水壁をつくる方法であり、故吉田所長も採用に同意していた。
(b)の凍結バリアは、4つの選択肢の中で真っ先に外された工法だった。しかし、2011年6月に東電の武藤栄副社長が「鉛直バリア方式」では1000億円の費用負担が発生し債務超過となると恫喝し、(c)の「鉛直バリア方式」は消え、2013年に(b)の凍結バリアである凍土方式に変更された経緯がある。
原子力問題を究明・提言する日本のシンクタンクである特定非営利活動法人原子力資料情報室が発行している『原子力資料情報室通信』第585号(2023/3/1)によれば、建屋へ流入する雨水や地下水の減少対策として、
上流側 から
(A)地下水バイパスで地下水を汲み上げて海に放水、
(B)福島第一原発1~4 号機を囲う凍土壁を設置、
(C)サブドレンで地下水を汲み上げて海に放水、
(D)舗装による雨水の土壌浸透抑制、
が実施されているようである。
【図2】凍土壁は90トン/日の漏水がある。
こうした対策により、 2015年度に490トン/日だった汚染水発生量は、2021年度には130トン/日まで減少したということである。しかし、90~100トン/日程度の汚染水が発生している状況を許容していることにこそ、海洋放出を余儀なくさせている原因であることに着目すべきである。汚染水の発生を1桁から2桁減らせば海洋放出を不要にできるはずである。
図2で①は段丘堆積物、②は透水層(中粒砂岩層)、③は第1泥質層、④は透水層(互層部)、⑤は第2泥質層、⑥は透水層(細粒砂岩層)、⑦は第3泥質層、⑧は透水層(粗粒砂岩層)、⑨は第4泥質層である。
汚染水の発生を限りなくゼロに近づけるように、福島第一原発1~4 号機を囲う完璧な防水壁を構築する技術を、なぜ開発しないのか不思議である。「ALPS処理水の海洋放出は、あくまで臨時の処置であり、今後完璧な防水壁を構築する」となぜ言わないのであろうか。もっと知恵を使うべきである。
日本原子力学会廃炉検討委員会委員長の宮野廣氏は、「(地下水が入らないよう、建屋の隙間をふさぐ)止水などが必要です。汚染水の発生量をいつまでにゼロにするのか、見通しを示さないと、いつまでも問題が残るのではないかと心配しています」と述べている。90トン/日程度の汚染水がじゃじゃ漏れになっていて、平気な精神が疑われる。「鉛直バリア方式」等他の方式を見直すべきであろう。
本コラムの第6回で述べたとおり、湯川秀樹博士が、「動力協定や動力炉導入に関して何等かの決断をするということは、わが国の原子力開発の将来に対して長期に亘って重大な影響を及ぼすに違いないのであるから、慎重な上にも慎重でなければならない」と述べて、原子力委員会を辞任してしまっている(『原子力委員会月報』57年1月号)。
湯川秀樹博士の警告は2011年の事故に大きく関係していると考える。我が国の原子力政策は、ノーベル賞受賞科学者の金言を無視し、理系主導ではなく文系主導で極めて強引に推進されてきた経緯をもう一度反省すべきであろう。
弁理士鈴木壯兵衞(工学博士 IEEE Life member)でした。
そうべえ国際特許事務所は、「独創とは必然の先見」という創作活動のご相談にも積極的にお手伝いします。
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