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  1. 第57回 「問題点」と「課題」の違いを意識した論理で、発明を整理する
鈴木壯兵衞

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鈴木壯兵衞(すずきそうべえ)

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コラム

第57回 「問題点」と「課題」の違いを意識した論理で、発明を整理する

2019年6月18日 公開 / 2019年6月23日更新

テーマ:特許明細書の書き方

     
 「問題点」とは目標とする技術と現状の技術との差である(例えば、柴山・遠山著、『問題解決の進め方』、一般社団法人放送大学教育振興会、p.10等参照。)。望ましいと考える技術と現状の技術との差といっても良く、図1の山の高さに相当する。

 これに対して「課題」とは、目標とする技術と現状の技術との差を埋めるためにやるべき技術的事項である。
 
 図1の山を上る登頂ルートを決定しなければ、山の頂上には到着できない。特許出願に際しては、先ず「従来技術の問題点」と「発明が解決しようとする課題」の違いに留意した論理構成を構築して、発明を整理すべきである。 
 
 【図1】「問題点」と「課題」の違い

   §1 西澤潤一先生が伝えようとされたハーバー・ボッシュ法
   §2 ボッシュはハーバー法の問題点の中に課題を見いだした
   §3 登頂ルートを決めなければ山頂には到達できない
   §4 「発明の効果」とは技術的課題がどこまで解決できたか

§1 西澤潤一先生が伝えようとされたハーバー・ボッシュ法

 2010年10月18日に開催された上智大学半導体研究所設立記念式典でのご講演が、東北大学第17代総長西澤潤一先生が多数の聴衆の前で話された、生涯最後のご講演になった。
 
 記念式典当日の朝、西澤先生は体調を崩された。西澤先生が、弟子達が制止するのを振り払い、動かない口を使って必死に語ろうとされた冒頭の内容は、ハーバー・ボッシュ(Haber-Bosch)法のアンモニアの直接合成についてであった。
 
 通常の人間であれば、会話さえ不可能な危険な状態でのご講演であったことは、ご講演後に慶応大学病院に直行され、西澤先生が意識混濁で非常に危険な状況であったという報告があることから理解できる。恐るべき天才の精神力である。
 
 その後、少し落ち着いた後に弟子の一人が大学病院にお見舞いに伺ったときには回復されており、「ここは八木秀次先生が学士会館で倒れて運ばれて亡くなられた病院だ。その直前に学士院会員に推薦してもらったんだ」と、元気そうに話されたとのことである。
 
 さて、1798年に『人口の原理論』を出版したトマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus)の「マルサスの罠」の理論によれば、地球上には40億人しか生きられないと予想された。
 
 1898 年の英国化学学会の会長講演でウィリアム・クルックス(William Crookes)卿は 、「人口増加に伴う食糧危機を救うには空中窒素の固定しかない。これこそ化学者の才能に待つ最大にして緊急のテーマである」と化学者へ強い期待を投げかけた。
 
 この講演後の1909年になり、ドイツにおける最古の工業大学であるカールスルーエ工科大のフリッツ・ハーバー(Fritz Haber)が窒素(N2)と水素(H2)からのアンモニア(NH3)を合成して空中窒素を固定する方法を見出した。
 
 ドクトル・フリッツ・ハーベルの「アンモニアの製造方法」の特許は1909年(明治42年)に日本の特許庁に出願にされ、1910年に特許第17834号として登録されている。ハーバーはその他に、特許第18839号、特許第19439号、特許第19515号、特許第19927号、特許第20199号等の日本特許を取得している。
 
 空中窒素の固定方法を工業化したのは、ドイツの化学会社BASFのカール・ボッシュ(Carl Bosch)である。冶金学の技術者であるボッシュは、1913年にアンモニアの合成による空中窒素を固定する方法の工業化に成功している。
 
 アンモニアの合成の工業化に必要なドクトル・カール・ボーシュの「加圧及び高温度下に於ける水素処理装置」の特許は1912年(明治45年)に日本に出願され、1913年(大正2年)に特許第24699号として登録されている。ボッシュはその他特許第21280号、特許第22890号、特許第25062等の日本特許も取得している。
 
 すでにこのコラムの第56回においても、ハーバー・ボッシュ法について紹介しているが、ハーバー・ボッシュ法により空中窒素を固定して窒素肥料が製造できることになり、人類の食料危機の問題は解消されたのである。現在の地球には定員オーバーの70億人以上が住んでいる。
 
 西澤先生が命を削ってまで話そうとされたハーバー・ボッシュ法の重要性がここにある。
 

  §2 ボッシュはハーバー法の問題点の中に課題を見いだした

 ハーバーの発明にも関わらず、空中窒素を固定する技術の工業化は不可能であろうと言われていた。ハーバー法は、それまでにない高温・高圧下でのガス流通によるプロセスであるため、反応容器が爆発してしまうからである。
 
 図2に示したように、高温・高圧下でアンモニアを合成する反応容器が爆発してしまうというのは、多くの研究者が認識している「公知」の問題点といえる。  
 
 【図2】学ぶべきボッシュの課題の抽出法 

 冶金の技術者であるボッシュは、爆発した反応容器の破片を金属顕微鏡で観察し、アンモニアの合成に必要な高温・高圧(200気圧)の反応下では、水素が反応容器を構成している鉄中に進入し、鉄中に含まれる炭素と反応してメタンを生成していることを突き詰めた。
 
 爆発という表面的な問題点の原因を、冶金学の観点から追及することにより、水素が炭素と反応する脱炭素作用により鋳鉄の反応容器が脆くなり、圧力に耐えられなくなることが原因であるという、その裏にある真の問題点をボッシュが新規に把握したのである。
 
 裏にある問題点を把握することにより、ボッシュは、鋼中の炭素が水素に攻撃されない構造の反応容器を探索するという技術的課題に到達したのである。発明の過程において、重要なのは、他人の知らない新規な技術的課題を、他人より早く見つけることである。
 
 図3(a)に示すように、ボッシュは、炭素の少ない薄い軟鉄を内張にし、炭素を含み圧力に耐える普通鋼を外側の容器にし、内張を透過してきた水素ガスを外に逃がす孔を外側の容器を試作することにより、この技術的課題を解決したのである。
 
 【図3】ボッシュの発明:反応容器の内側を軟鉄、外側を普通鋼とした二重管構造

 図3(b)に示すように、内側の軟鉄と外側の普通鋼の間に薄い軟鉄を透過してきた水素ガスを冷却する溝を有する構造も開発している。
 
 図3に示したような、反応容器の内側を軟鉄、外側を普通鋼とすること以外にも、ボッシュは2500種の各種金属触媒を実際に検討し、合成試験を6500回おこない、安価な鉄系触媒を開発している。

 更に、高圧圧縮機の開発や、石炭から水性ガスをつくり、水素を得るような研究もしている。水性ガス中のCOを分離するために、ボッシュは初期には液化分離法、後に高温CO転化と炭酸ガス分離法を開発した。
 
 ボッシュの研究開発チームは、これらの技術的課題を克服し,1911年には1日100kg、1912年には1日1トンと、毎年10倍の生産量の拡大を行っている。BASFは、1913年には1日10トンを生産できる工場をバイエルン州オッパウ(Oppau)に完成したのである。
 
 第一次世界大戦当時、オッパウの工場ではアンモニアが1日に約40トン生産されていたとのことである。1921年には死亡者509人、負傷者1952人の大爆発で、オッパウの工場及び近くの1000戸の家屋のうち約70%が破壊されるという事故が発生している。
 

§3  登頂ルートを決めなければ山頂には到達できない

 例えばエベレストは東壁、南壁、北壁に囲まれており、全部で18の登頂ルートが存在する。代表的には中国側からの北稜ルート、北壁ルート、北東稜ルート等と、ネパール側からの南東稜ルート(ノーマルルート)、南稜ルート、南西壁ルート等が知られている。又、K2に登る場合には、南東稜ルート、西稜ルート、南壁ルート、南東稜クラシックルート、南南東リブルートや北稜ルート等がある。
 
 アマゾンのCEOのジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)は、2010年のプリンストン大学の卒業式スピーチにおいて以下のように述べている:
 
 賢さは生まれ持った才能ですが、やさしさは選択です。生まれ持った才能とは、言ってしまえば与えられたものなので努力を要しません。その反面、選択をするということ、これは難しいことなのです。
 
 登頂ルートを選択するのが、技術的課題の選択になる。ベゾスが指摘するとおり、技術的課題を選択することは難しい。
 
 ボッシュは高温・高圧にすると、アンモニアの反応容器が爆発するという1次的な問題点の原因を追求した。そして、水素が炭素と反応する脱炭素作用という2次的問題点を、他の誰よりも早く突き止め、反応容器の鋼中の炭素が水素に攻撃されない構造を探求するという技術的課題が選択できたのである。
 
 技術的課題が選択できたら、その技術的課題をどのように解決するかが、発明である。例示したエベレスト等の高い山の登山においては、選択した登頂ルートの天候条件を調べて対策する必要がある。

 選択した登頂ルートのどこで、高度馴化し、どこにアイスフォールの崩落や雪崩があるか予測し、その対策を講じる必要がある。低酸素が原因の凍傷のリスクもあるので、凍傷にならない装備の検討も必要になる。
 
 アイスフォールは、大小さまざまな氷塊がゴロゴロとしている氷の迷宮であり、その迷宮をアリのように進む必要がある。或いは、氷の割れ目であるクレバスを迂回し、氷壁を乗り越えていかねばならない場合もある。

 選択した登頂ルートのそれぞれの難しさのレベル、即ち技術的課題を解決するための難しさが、その発明が特許されるか否かという判断基準を与えるのである。
 
 第56回でも説明したが、単に新しいだけでは特許されないのである。新しくても、単なる公知技術の寄せ集めでは特許性がないと判断される。又、単なる公知技術の転用、単なる公知技術の置換、単なる公知技術の用途の変更、単なる公知技術の形状・配列の変更、単なる公知技術の数値限定に相当し、新しさのレベルが低いと判断され、特許されない危険がある。

 特許の場合には未踏のルートの探索になるので、ルートにロープが据え付けられていたり、氷の割れ目に梯子が設置されていたりすることはないのである。
 
 新しさのレベルが高いということは、技術的課題を解決するのに苦労したところ、難しかったところが特許になるということである。

§4 「発明の効果」とは技術的課題がどこまで解決できたか

 図1には3つの登頂ルートをモデル的に示している。登頂ルートが異なれば、その登頂ルートを克服する技術的な困難性も異なる。図1のモデルでは山頂を円錐の頂点で示さず、平坦の円盤状の面として示している。

 そして、特許の場合は誰もが登攀していない登頂ルートである必要がある。一見して、同一の山頂に到達したように思われるかしれないが、東壁から登ったのか、南壁から登ったのか、北壁から登ったのかで、円盤の円周に到達しているポイントが異なる位置にある。
 
 発明の場合も一見、完成品が同一の構造を有しているように見えても、異なる課題を克服した発明は詳細に構造を調べると異なる特徴が見いだされる場合があるはずである。
 
 特許の明細書に記載する 【発明の効果】とは、技術的課題がどこまで解決できたかということである。

 図1では、3つの登頂ルートをモデル的に示しているが、必ずしも山頂のレベルに到達しない発明もあるのである。山頂のレベルに到達しない発明の場合は、到達したところの構造が発明の特徴になるので、技術的課題が異なれば、異なる発明になり得ることは理解できるであろう。
 
 【図4】起承転結の論理で発明を整理する。

 今回、「問題点」「技術的課題」「課題の解決手段」「発明の効果」について説明した。特許出願に際しては、図4に示したような表を作成し、起承転結の論理で発明を整理してみることが重要になる。

  辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
 そうべえ国際特許事務所は、発明や考案に至る前の種々の創作活動のご相談や、権利化可能な明細書の作成をお手伝いします。
              http://www.soh-vehe.jp





        

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