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鈴木壯兵衞

青森の新産業創出を支援し知的財産を守るプロ

鈴木壯兵衞(すずきそうべえ) / 弁理士

そうべえ国際特許事務所

コラム

第14回 知財マネジメントマップを用いた特許とノウハウの弁別

2015年4月13日 公開 / 2015年4月14日更新

テーマ:特許明細書の書き方

コラムカテゴリ:法律関連

§1 日本企業の知財マネジメントの問題点:

例えば、米知的財産権者協会(IPO: Intellectual Property Owners Association)が公表した2011年の米国特許取得上位300社(Top 300 Organizations Granted U.S. Patents)のリストでは、トップ10社中6社が日本企業となっていた。2012年と2013年では6社から富士通が脱落し、米国特許取得上位300社のリストのトップ10社中5社が日本企業となった。

2011~2013年において1位は常にIBMで、2位は常にサムスン電子であり、IBMの米国特許取得件数は毎年増加の傾向である。

米国特許取得上位300社のリストから分かるように、日本企業は、米国特許取得件数では米国以外の国の中では最多の特許権を取得しているという高い技術レベルと実績を長年示してきた。しかしながら、実際の事業面では、取得した特許権を活用して画期的な消費者製品を生み出すことに成功していない、というのが我が国の企業の知財マネジメントの問題である。

この点に関し、2012年9月4日のMSN産経ニュース(インターネット版)には、内閣官房知的財産戦略推進事務局の安田太参事官の話として「日本企業は知財マネジメントが十分にできていなかった」という記載がある。

更に、このMSN産経ニュースでは、特許庁の指摘として、日本企業が海外メーカーと特許契約を結ぶ場合、「これから守っていくべき技術と、ノウハウを隠しつつも権利として外部に供給する技術をうまく区別できず結果的に基幹技術が流出してしまうケースもあった」というコメントが紹介されている。

§2 知財マネジメントマップ上におけるポジショニング分析:

我が国の各企業の知財マネジメントとして、各企業が特許権として公開して守っていくべき技術と、ノウハウとして秘匿すべき技術の弁別には図1に示すような「知財マネジメントマップ」を用いて自社の技術をポジショニング分析することが有効である。



図1の縦軸は特許権の権利行使の容易性の相対的なレベルを示し、縦軸の上に行くほど、特許権の権利行使が容易になり、縦軸の下に行くほど、特許権の権利行使が困難になることを示している。

「権利行使の容易性」とは侵害の立証の容易性である。競合他社が自社の特許権を侵害していると思われたら、特許権者が自ら、競合他社が侵害していることを立証しなくてはならない。例えば、製造方法の特許権を取得しても、競合他社の製造方法が自社の特許権を侵害しているとの証明は、競合他社の営業秘密との関係で極めて困難である。

競合他社の製造方法が自社の特許権を侵害していることの証明が極めて困難である一方、競合他社は、自社の特許権の公開公報や特許公報から、自社の製品を模倣することは極めて容易である。「製造方法の発明は特許出願をすべきではない!」と言われる所以である。

一方、「物の発明」の場合は、一般に競合他社の製品が自社の特許権を侵害しているか否かの証明は簡単である。特に、製品のリバースエンジニアリング(Reverse engineering)が容易な構造をしている場合は、競合他社の製品が自社の特許権を侵害しているか否かの証明は簡単にできる。

「リバースエンジニアリング」とは、製品を分解して観察・測定し、製品の構造を分析し、そこから動作原理、設計図、発明の技術的思想等を調査する事である。自社の製品のリバースエンジニアリングが容易な場合は、自社の製品をノウハウとして秘匿していても、競合他社が自社の製品を購入して分解すれば、容易に自社の製品の構造、動作原理、設計図、発明の技術的思想等を模倣できるので、ノウハウとして秘匿する意味が無くなる。

よって、図1の縦軸は特許権のリバースエンジニアリングの容易性のレベルを示していることに等価であり、縦軸の上に行くほど、相対的に特許権のリバースエンジニアリングが容易になり、縦軸の下に行くほど、相対的に特許権のリバースエンジニアリングが困難になることを示している。

§3 迂回の非容易性:

図1の横軸は特許権に対する競合他社の迂回の容易性の相対的なレベルを示し、横軸の右に行くほど、相対的に特許権からの迂回が困難になり、横軸の左に行くほど特許権からの迂回が容易になることを示している。

図2(a)は、緑色の小さな円で示した競合他社の製品が、黄色の大きな円で示した自社の特許権の技術的範囲に含まれ、自社の特許権を侵害している状態を示す。



「迂回」とは、自社の特許公報を読んだ競合他社が図2(a)に示す侵害状態を認知し、侵害状態を回避するために、図2(b)に示すように黄色で示した自社の特許権の技術的範囲から外れるように競合他社の製品の一部の構成を設計変更することである。

競合他社の製品が自社の特許権を侵害しているか否かは、図3に示すように自社の特許公報の特許請求の範囲に記載されている請求項が規定する発明特定事項のそれぞれを、競合他社の製品(これを「イ号物件」という。)の構成のそれぞれと文言上で比較をするという「文言主義」の手法で行う。

例えば、図3(a)に示すように、自社の特許公報の特許請求の範囲の請求項Xに記載されている発明特定事項A,B,C,Dのそれぞれに対応する部品等の構成が、競合他社の製品(これを「イ号物件」という。)にすべて見いだされた場合は、文言上イ号物件は請求項Xに記載された発明を侵害していることになる。



一方、図3(b)に示すように、自社の特許公報の特許請求の範囲の請求項Xに記載されている発明特定事項A,B,C,Dの内、発明特定事項Cに対応する部品等の構成がイ号物件に見いだされない場合は、文言上イ号物件は請求項Xに記載された発明を非侵害であるということになる。

よって、自社の特許公報を読んだ競合他社は、図2(a)に示すような自社の特許権の侵害の状態を回避するために、図2(b)に示すように競合他社の製品の一部の構成を設計変更する「迂回発明」を研究するのである。

例えば、単なる数値の限定に過ぎないような発明は特許庁での審査の段階で拒絶されることが多く、元々権利化が困難である。仮に、運良く特許庁での審査をパスして、権利化が可能となった場合でも、特許請求の範囲に記載された数値から外れるように、競合他社が設計変更することは容易である。即ち、数値の限定に過ぎないような発明は、競合他社が自社の特許権から簡単に迂回できるので弱い発明であり、図1の知財マネジメントマップの横軸の左の方に偏在するようにポジショニングされる。

同様に、材料の限定に過ぎないような発明や形状・配列の限定に過ぎないような発明は、競合他社が自社の特許権からの迂回が容易な弱い発明であり、図1に示した知財マネジメントマップの横軸の左の方にポジショニングされる。

知財マネジメントの横軸となる「迂回の容易性の相対的なレベル」は、「特許請求の範囲」「明細書」「図面」の記載に依存する。迂回が困難になるような「特許請求の範囲」「明細書」「図面」の記載方法は、筆者が講師となり、青森県が一般社団法人青森県発明協会に委託する態様で毎年行っている「特許出願チャレンジ講座」の中で説明する。

§4 競合他社が迂回発明を特許出願するまでの平均期間:

図1の知財マネジメントマップが構成する直交座標系の第1象限となる、特許権の権利行使が容易で特許権からの迂回が困難な場合は特許出願し、第3象限となる特許権の権利行使が困難で特許権からの迂回が容易な場合は特許出願をしないで、ノウハウとして秘匿するという技術の弁別が好ましい。図1のマップの第2象限及び第4象限については、技術内容や事業の特性を考慮して個別具体的に判断する必要がある。

図4は2014年9月に文部科学省科学技術・学術政策研究所第2研究グループが発表した「民間企業の研究活動に関する調査報告2013 (NISTEP REPORT No.160)」の第68頁に記載された表5-20から筆者が作成した「競合他社が迂回発明を特許出願するまでの平均期間」のグラフである。



資本金1億円以上10億円未満の企業で38.8ヶ月(約3年3月)、資本金10億円以上100億円未満の企業で33.6ヶ月(約2年10月)、資本金1億円以上10億円未満の企業で32.4ヶ月(約2年8月)となっている。

即ち、特許権の存続期間は最大で出願より20年であるが、約3年くらいで競合他社が迂回発明を特許出願してくるので、特許の有効性が制限されてしまうということである。したがって、1件の特許だけで事業を独占排他的に継続するのは困難であり、多数の特許を逐次出願して、一群をなす多数の特許権からなる特許ファミリーとその背後に秘匿したノウハウ技術とのセットで、自社の事業を保護する必要があるということである。

§5 具体的な手順は次回のコラムで説明する予定:

ただし、図1の知財マネジメントマップを用いたポジショニング分析は、特許権として公開すべき技術とノウハウとして秘匿すべき技術の弁別のための必要条件の一つに過ぎないということに留意すべきである。

即ち、図1の知財マネジメントマップが構成する直交座標系の第3象限のポジションとなるから、直ちにノウハウとして秘匿するというような単純な(0,1)の選択は早計であり、慎重に判断する必要がある。オープン&クローズ戦略は2値の論理ではなく、多値の論理を用いて狡猾に実施する必要があるということである。

次回(第15回)のコラムでは、具体的にどのような弁別フローに従って、その弁別フローのそれぞれの手順でどのような判断をして、最終的に、特許権として公開すべき技術とノウハウとして秘匿すべき技術とを弁別するのかを説明する予定である。

辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所ホームページ http://www.soh-vehe.jp

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