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中村正彦

遺産相続に関するトラブルを法的に解決する弁護士

中村正彦(なかむらまさひこ) / 弁護士

弁護士法人 松尾・中村・上法律事務所

コラム

相続における生命保険金の扱いについて

2018年5月7日 公開 / 2021年2月24日更新

コラムカテゴリ:法律関連

コラムキーワード: 相続問題相続 手続き

 被相続人が掛けていた生命保険の死亡保険金の受取人として、相続人の1人あるいは複数が指定されていた場合、被相続人の死亡に伴い、これら相続人が死亡保険金を受領することになります。

 誤解されがちなのですが、死亡保険金は遺産(相続財産)に含まれません。
 確かに、相続税との関係では相続財産と同様に考えられていますが(相続税法3条1項1号)、民事法上は、あくまで生命保険会社に対する「受取人の」請求権であり、相続財産ではありませんから、遺産分割の対象にもなりません(ですから、相続放棄をしていたとしても受け取ることができます)。

 しかしながら、さしたる遺産がない中、特定の相続人だけが多額の死亡保険金を受け取っているような場合、相続との関係で不公平感が拭えません。
 例えば、親が死亡して相続人が子Aと子Bの2人だけの場合、遺産の総額が5000万円であるのに対して、子Aだけが死亡保険金1億円を受け取っていた場合でも、子Aが受け取った死亡保険金は何ら考慮されず、遺産の5000万円を子Aと子Bで平等に2分の1ずつ分けないといけないのでしょうか。

「特別受益」に準じて持ち戻しの対象となる可能性がある

 民法903条1項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」としています。いわゆる特別受益の遺産への持ち戻しの規定です。
 そこで、死亡保険金を、ここでいう遺贈や贈与と同じように考えて、遺産に持ち戻したうえで、相続分を算定することはできないのでしょうか。

 この点について、最高裁判所平成16年10月29日の決定(以下「平成16年決定」といいます)は、次のように判示しています。

 「養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には、当たらないと解するのが相当である。
 もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほど著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて、持ち戻しの対象となると解するのが相当である。」

 つまり、死亡保険金は、原則として特別受益には該当しないものの、相続人間の公平を図る特別受益の規定の趣旨に照らして、その不公平が、「到底是認することができないほど著しいもの」(固い言い回しですが、平たくいうと、「とても見過ごせないほど、程度が甚だしい」といった感じでしょうか)と評価されるような特段の事情がある場合には、例外的に、特別受益に準じて、持ち戻しを行うということです。
 そして、この「特段の事情」については、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献度合いなどの保険受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。」とされています。

 要は、事案ごとに個別具体的に判断するということで、裁判例上の判断も様々です。

○ 1億0134万円の相続財産に対して、生命保険金が1億0129万円だった場合に特別受益性を認める(東京高裁平成17年10月27日決定。同居していなかったことや扶養や介護も意図が認められないことも考慮)

○ 6963万円の相続財産に対して生命保険金が428万円だった場合に特別受益性を否定(大阪家裁堺支部平成18年3月22日決定。受取人の同居や入通院時の世話も考慮)

○ 8423万円の相続財産に対して生命保険金が5154万円だった場合に特別受益性を認める(名古屋高裁平成18年3月27日決定。婚姻期間が3年5か月程度であったことも考慮)

 この点、前記の事例で検討してみます。
 子Aが受け取った死亡保険金の1億円は、遺産総額5000万円の倍額であり、(その他の具体的な事情にもよりますが)特別受益制度の趣旨から、「到底是認できないほどの著しい」不公平と評価される可能性が高いといえるでしょう。
 そうすると、民法903条1項の類推適用によって、遺産総額5000万円+死亡保険金1億円の合計1億5000万円が相続財産であるとみなされます。
 この結果、子Aと子Bは、それぞれ1億5000万円の2分の1である7500万円ずつの相続分を有しているということになります。
 子Aは、既にこの7500万円を超える1億円の死亡保険金を受け取っていますので、子Aの具体的な相続分は0円となり、子Bが5000万円の遺産全額を受け取ることができるというわけです。
 ただし、この事案でも、死亡保険金を受け取る前の7500万円の相続分が保証されているわけではなく、子Bが受け取ることができるのは、遺産額の5000万円が限度です(子Aに対して、7500万円-5000万円の差額である2500万円を請求することはできません)。
 なお、この事案では、遺留分侵害の問題は生じません。なぜなら、子Bは、法定相続分の2分の1である3750万円(1億5000万÷2÷2)を確保できているからです。

遺留分減殺請求権を行使できるケースも

 では、前記の事例で、遺産の総額が1000万円、死亡保険金が9000万円だとどうでしょうか。
 仮に、死亡保険金を相続財産に持ち戻せば、1000万円+9000万円の合計1億円が相続財産とみなされます。
 そうすると、子Aと子Bの相続分は1億円の2分の1である5000万円ずつとなります。
 子Aは、既にこの5000万円を超える9000万円の死亡保険金を受け取っていますので、子Bが1000万円の遺産全額を受け取ることになります。
 しかし、子Aは死亡保険金として9000万円を受け取っているのに、子Bは遺産の全額とはいえ1000万円しか取得できないというのは、具体的事情にもよりますが、あまりにも不公平に思われます。
 このような場合、子Aが受け取った死亡保険金について、子Bは、遺留分減殺請求権を行使して、遺留分相当額である2500万円(1億円÷2÷2)を確保できないのでしょうか。

 この点、最高裁判所は、特別受益となる贈与は、「原則」として「遺留分減殺請求の対象となる」としています(平成10年3月24日判決。以下「平成10年判決」といいます)。
 一方、上述のとおり、死亡保険金の受け取りは、「原則」として「特別受益とはならない」ものの、「例外」として、相続人間の不公平が、民法903条1項の趣旨からして到底是認できないほど著しい不公平と評価できる場合には、「特別受益に準じて扱う」ことになります(平成16年決定)。
 したがって、平成16年決定の「例外」に該当すれば、平成10年判決の「原則」によって、「遺留分減殺請求の対象になり得る」と解されます(平成10年判決が「原則」に対する「例外」として、「遺留分減殺請求を認めない」のは、減殺請求を認めることが贈与を受けた相続人に「著しく酷であるなどの特段の事情がある場合」に限られますので、相続人間の公平を図るための平成16年決定の「例外」に該当する場合に、相続人間の不公平を排除する平成10年判決の「例外」に該当することは考え難い)。

 具体的には、子Bは遺産の1000万円とは別に、子Aに対して遺留分減殺請求権を行使して、遺留分相当額である2500万円-1000万円の差額である1500万円を支払うよう求めることができると考えられます。

 ただ最高裁は、他方で、平成14年11月5日判決(以下「平成14年判決」といいます)において、生命保険の受取人変更について、遺留分減殺請求の対象とならないと判示しており、この平成14年判決との整合性をどう考えるかが問題となります。
 この点、平成14年判決は、生命保険金の受取人変更は、遺贈でも贈与でもないから、そもそも遺留分減殺請求権の対象にならないとしたものであるところ、これを根拠に、生命保険金の受取人変更のみならず、死亡保険金の受け取りについても同様に考え、「そもそも遺留分減殺請求の対象とはなり得ない」との結論を導くことも可能ではあります。
 しかしながら、平成14年判決は、生命保険金の受取人を「相続人以外の者」に変更した事案であって、前記の平成16年決定が判示した「相続人」が受け取った死亡保険金を例外的に特別受益に準じて扱うようなケースとは異なります。
 また、前記の平成14年判決は、平成16年決定以前になされたものであるところ、平成16年決定における例外的なケースについては、射程外ともいえます。
 私は、この平成14年判決は、平成16年決定において例外的に特別受益に該当するような場合には妥当しないと考えます。

                                  弁護士 上 将倫

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