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2020/12/07 リーダーシップ① 嫉妬心を持たないこと
ロータリーの中核的価値観の一つに「リーダーシップ」がある。
18世紀の歴史家であるエドワード・ギボンが書いた「ローマ帝国衰亡史」によれば、紀元305年から330年という長い期間(25年という期間は、この時代の皇帝の在位期間としては極めて長いものであった)皇帝であったディオクレティアヌスは、強大な権力を持ち、安定した政治を行い、ローマ世界を平穏裏に統治した後、自らの意志で退位をした極めて希な皇帝あったようだ(多くの皇帝は短命であり暗殺されている)。
ギボンは、ディオクレティアヌス帝の統治がうまくいった理由に、彼の性格が①嫉妬心を持たないもの、②慈悲深く人に接するに穏やかであったことを挙げている。それに、③ナンバー2になった人物が、ディオクレティアヌス帝を崇拝し、野心をもたなかったことも挙げている。
彼のすぐ後の皇帝の時代は、皇帝の性格が苛烈であり対等の立場の共治帝にも嫉妬し苛立ちを覚えるものであったそうだ。
ギボンは、その皇帝の時代は、18年の統治期間内に内戦だけでも5度も発生したという。
であるから、私は、ギボンの著書と私自身の納得を根拠に、リーダーシップを発揮できる人の要件としては、嫉妬心を持たないこと、そこから生まれる穏やかさあることを挙げておきたい。
嫉妬心は、大局を見る目を狂わすことがある例を示したい。
「レッド・クリフ」という題名の映画にもなった、三国志で有名な赤壁の戦いは、中国は後漢末期の208年に起きた、曹操軍と孫権・劉備連合軍の間の戦いである。
この戦いでは、呉の周瑜が活躍し、100万を号する曹操軍を破ったのだが、この周瑜の最大の欠点は嫉妬深かったことだ。
蜀の諸葛孔明の才能が自分より上であることに我慢がならず、曹操軍が揚子江を南下して,今まさに戦端が開かれようとする中で、仲間であるはずの孔明を殺そうとしたのである。
しかし、その愚行は呉の魯粛が止めた。
魯粛は、呉の力と荊州の客将になった劉備軍の力を合わせなければ、曹操には勝てないことを知っていたからだ。
それは目先の赤壁の戦いでの協力関係だけでなく,その後もその関係は維持すべきことと考えたのだが、周瑜にはそのような大局観はなかった。
やがて、赤壁の戦いの後、劉備は曹操から荊州を取り戻したが、周瑜はこれに怒りを燃やし、劉備軍に対し無謀な戦いを挑もうとしたが、その策は全て失敗した。そのことは、明日と明後日の日記に書く。
これなど、嫉妬心が大局観をなくし、失敗した例の一つといえるだろう。
嫉妬心は、嫉妬の対象となる人物の悪口を言い散らすことになるので、見苦しくもあり、リーダーにはふさわしくないものだ。