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認知症に罹患した人が事故を起こした場合の妻子の責任いかん(判例)

菊池捷男

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テーマ:民法雑学

 最高裁判所第三小法廷平成28年3月1日判決は,認知症が進行し,責任を弁識する能力がなくなった者が,旅客鉄道会社の駅構内の線路に立ち入り,列車に衝突して死亡した事故により,列車に遅れが生ずるなどの損害が生じた場合,その妻子には,妻子というだけの理由では,民法709条又は714条に基づく損害賠償義務はないと判示し,妻子など親族に民法714条の責任が生ずる場合の要件を明確にしました。

 なお,民法709条とは,
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」という規定で,
民法714条というのは,
「・・・前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」という規定です。

前記最高裁判決は,
① 保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない。
➁ 民法752条の,夫婦の同居,協力及び扶助の義務は,夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で・・・相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。
③ 同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めたものということはできず,他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとする実定法上の根拠は見当たらない。
④ したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとすることはできない。
⑤ 別居中の長男を「監督する法定の義務を負う者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。
と判示し,同居の妻や別居の長男には責任はないと判示しました。

2 責任が認められる場合
そして,同最高裁判決は,
⑥ もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,・・・その者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,・・・同条1項が類推適用されると解すべきである。
⑦ その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである。
⑧ 本件の場合,妻は別居の子らの了解を得て亡夫(認知症罹患者)の介護に当たっていたものの,本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており,亡夫の介護も別居の長男の妻の補助を受けて行っていたというのである。
⑨ そうすると,妻は,亡夫の第三者に対する加害行為を防止するために亡夫を監督することが現実的に可能な状況にあったということはできず,その監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
⑩ したがって,妻は,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
⑪ また,別居の長男は,亡父の介護に関する話合いに加わり,妻が亡父宅の近隣に住んで亡父宅に通いながら母による亡父の介護を補助していたものの,長男自身は20年以上も亡父と同居しておらず,本件事故直前の時期においても1箇月に3回程度週末に亡父宅を訪ねていたにすぎないというのである。そうすると,長男は,亡父の第三者に対する加害行為を防止するために亡父を監督することが可能な状況にあったということはできず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
⑫ したがって,長男も,精神障害者である亡父の法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
と判示し,認知症の夫(父)が引き起こした事故につき,その妻や子の責任を否定しました。

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