コラム
モンテ・クリスト伯を読んで③ 范蠡の千慮の一失
2016年5月22日
戦前は,文部省唱歌にも,天勾践(こうせん)を空(むな)しゅうする莫(なか)れ,時に范蠡(はんれい)無きにしも非(あら)ず,と謳われた范蠡は,臥薪嘗胆の嘗胆で有名な,中国は春秋時代の越の勾践に仕え、勾践を春秋五覇に数えられるまでに押し上げた最大の功労者ですが,勾践が悲願を果たしたのを見るや、密かに越を脱出し,身を野に隠しました。
范蠡は,勾践にとって,自分は用済みになった者だから,「狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵(かく)る」こと,すなわち,死を賜うことになる,と考えたからなのです。その際,范蠡は,友人である文種を誘ったのですが,文種は逃げず,そのため後,自殺に追い込まれます。
范蠡の先見の明は余りに顕著で,その後范蠡は商人になっても,時代の先が見えたおかげで,財を積むことができました。
しかしながら,その後,次男が誘拐され,その次男の救出のために身代金を支払う使いを選ぶときに,大失敗をするのです。
それは,長男を,次男救出の身代金支払いの使いにしたことでした。
長男は,范蠡から見て,たいへんな吝嗇,要はケチでした。
ケチな人間はお金を使うことはできない。だから,思い切った身代金の支払いはできないのだということは,自明の事なのに,范蠡は,長男の,自分は弟の命を救うためなら何でもする,身代金を惜しむようなことはしない。達っての願いだ。自分を弟の救出に行かせてくれという懇請黙しがたく,長男に,大金を渡し,次男の救出に行かせたのです。
その後,長男は,次男を誘拐した者の住む国へ行き,大臣に会い,大金を渡し,その時死刑囚として拘束されていた弟の助命を懇請するのです。
その後,暫くして,その国で大赦令が発布されました。この大赦令こそ,その国の大臣が考えついた,弟の救命の方法だったのですが,長男は,そのことが分からず,その国で大赦令が出たということは,何も大臣にお金を払わなくとも,弟は助かるのだと考え,そう考えると,大臣に渡した大金が惜しくなり,大臣に会いに行き,過日の要請を撤回しました。そこで,大臣は,長男から受領していた大金を全額耳を揃えて長男に返金したのです。
その後まもなくして,大赦令は撤回され,哀れ次男は死刑に処されました。
悔いて及ばず。
范蠡の犯した千慮の一失です。
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