相続税のお話し 7 代償分割に潜む落とし穴
1,遺留分減殺請求の相手方
民法1031条は「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分を保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」と規定していますが,この規定では,誰に対して遺留分減殺請求ができるのかが明らかではありません。
しかし,民法1041条の「受贈者及び受遺者は、減殺を受けるべき限度において、贈与又は遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還の義務を免れることができる。」という規定からも,受贈者及び受遺者が遺留分減殺請求の相手方になることに争いはありません。また,民法1040条1項は「減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは、遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。ただし、譲受人が譲渡の時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は、これに対しても減殺を請求することができる。」との規定の,ただし書で,悪意の譲受人に対しても遺留分減殺請求ができ,さらに,民法1040条2項は「前項の規定は、受贈者が贈与の目的につき権利を設定した場合について準用する。」と規定していますので,遺留分減殺対象財産につき権利の設定を受けた者に対しても,遺留分減殺請求ができます(これらは贈与財産に関する規定ですが,遺贈財産についても類推適用されることになっています。)。
要は,遺留分減殺請求をする相手方は,①受贈者及び受遺者(「相続させる」遺言により受遺財産を相続した受遺相続人を含む。),➁これらの財産の悪意の譲受人及び③これらの財産につき権利の設定を受けた第三者ということになります。
2,遺言執行者に対して遺留分減殺請求はできるのか?
民法には,遺留分減殺請求を遺言執行者に対してなしうるとの規定はありません。しかし,大審院昭和13年2月26日判決は,特定遺贈については,受遺者に対し遺留分減殺請求をし,包括遺贈については遺言執行者に対してなすべきであると判示しています。
この判例は古く,平成3年判例によって,遺言執行者の権利・義務,特に「相続させる」遺言の遺言執行者の権利義務が明確にされた以後,遺言執行者には遺留分減殺請求を受領する権限があるのか否か,あるとした場合,いかなる遺言書の場合に遺留分減殺請求を受ける権限があるのか,大審院時代の判例(特定遺贈の場合は,遺留分減殺請求を受ける権限はないが,包括遺贈の場合にはその権限がある)がそのまま妥当するのかどうか?などが明確ではなく,それらを論じた判例はありません。
学説も,それほど明確には論じていません。一般には,大審院昭和13年2月26日判決を引用しながら,遺言執行者の財産管理権を根拠に,遺言執行者の遺留分減殺請求受領権限は包括遺贈のみならず特定遺贈にも及ぼすべきであると論ずるものが多いのですが,遺言執行者に遺留分減殺請求の受領権限がある場合でも,遺贈の執行が終了した後の遺贈対象財産は,遺言執行者に管理処分権はなくなっている(最高裁判所昭和51.7.19判決は,「一旦遺言の執行として受遺者宛に登記が経由された後は、右登記についての権利義務はひとり受遺者に帰属し、遺言執行者が右登記について権利義務を有すると解することはできない」と判示)ことを理由に,その場合は,遺言執行者には遺留分減殺請求を受ける権限はないと解されており,遺留分権利者が遺留分減殺請求をする場合の,相手方が誰になるかは非常に分かり難いものになっています。
そのため,愛知県弁護士会法律研究部編集「改訂版遺留分の実務」(平成23年2月9日改訂版発行)は,「実務的には包括遺贈の場合においても,念のため受遺者本人に対しても意思表示をしておく方が無難であろう。」と書かれているくらいです。
遺言書作成実務で多い,「相続させる」遺言は,これは特段の事情がない限り,遺言執行者には,平成3年判例及び平成10年判例により,相続財産を管理することはないので,遺言執行者には,遺留分減殺請求の意思表示を受ける権限はない,と解されています。
遺言執行者に遺留分減殺請求を受領する権限がないのに,それがあると思って遺言執行者の遺留分減殺請求をしたため,遺留分減殺請求権を消滅時効にかけてしまった,ということになってはなりません。
筆者が,「相続させる」遺言の遺言執行者になった案件で,遺留分権利者の代理人になった弁護士から,遺言執行者になった筆者宛に,遺留分減殺請求をしてきたケースがありました。このような遺留分減殺請求は,効果がないものと解されますので,「相続させる」遺言書の場合は,前記「改訂版遺留分の実務」にも書かれているように,念のため受遺相続人本人に対しても意思表示をしておく方が無難であろうと思われます。