企業経営と危機管理 7 循環取引
帳合取引では、商品は、甲→乙→丙と順に取引されるが、乙には現物が来ないので在庫はない。しかし、現物は甲→丙に動く。また、取引は丙の段階で終了する。これに対し、循環取引は、甲→乙→丙と取引される点、乙へは現物が移動しない点は似ているが、甲→丙への現物移動もなく、また、取引は丙で止まらず丙→甲へ継続しさらに循環する。この点が異なる。
しかし、帳合取引と循環取引は、外形が似ている部分があることから、社内で、循環取引が進められていても、関係者以外は、それを帳合取引だと誤解して、循環取引であることの発見が遅れることはある。
ここにKという、代表者が裸一貫、食品の行商から身を起こしてわずか50年で年商3000億円の売上を達成した上場会社がある。この会社の常務執行役員兼水産事業本部長のAが、この循環取引に手を染めたのである。Aがしたこの循環取引により、K社の損失は150億円にのぼり、資産の評価額も70億円下方修正し、立志伝中のカリスマ社長も辞任するという大不祥事になった。
この循環取引は、平成9年に始めた帳合取引が発端になった。K社は、前述の帳合取引「甲→乙→丙」の乙の立場で帳合取引を始めたのである。扱った商品は中国産の栗であった。ところが、この帳合取引の丙が資金繰りに窮する事態を迎え、Aは、丙を救済するために、取引に関係する会社の数を増やし架空の取引をするようになったのである。Aは、この中国産栗の循環取引をしている中で、K社の子会社による他の商品(調理器機など)についての循環取引も始め、取引額を増やしていった。これらの循環取引が発覚したのは、19年4月のことであるから、この違法な取引は10年間も、分からなかったのである。
監査の甘さが多くの分野の人から指摘された。とくに監査法人の監査は批判の対象になった。因みに、この監査法人は、カネボウ不正経理事件で担当会計士が粉飾決算に手を貸していたことなどの不祥事が続き、この年、解散した。
この事件は、不思議なことに、Aには経済的利得はなかった模様である。Aは、ただカリスマ社長の、売上増の叱咤激励を背に、売上増に狂奔したものとされているが、真相は定かではない。