遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで①
1 相続開始前の家賃は相続財産ではあるが、遺産分割の対象にはならない。
相続開始までに発生している賃料債権は相続財産です。しかしながら、賃料債権は、可分債権ですから、各相続人は、相続分の割合で、賃料債権を分割して単独で取得します(本連載コラム「相続70」参照)ので、遺産分割の対象にはなりません。
2 相続開始後発生した家賃は相続財産ではありません。相続財産とは、被相続人が相続開始時点に有していた財産だからです。
3 では、相続開始後遺産分割協議が整うまでに発生する賃料債権は誰のものか?
最高裁平成17.9.8判決は、「相続開始から遺産分割までの間に遺産である賃貸不動産から生ずる賃料債権は、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当であり、後にされた遺産分割の影響を受けない」と判示し、それまでの見解の対立に終止符を打ちました。
4 それまでの見解の対立
前記最高裁の判決が出るまで、下級審では、①遺産分割協議の結果、そのマンションの所有者になった相続人が、相続開始後遺産分割までの賃料債権を取得する、という見解と、②相続開始後遺産分割までの賃料債権は、共同相続人がその相続分の割合で取得する、という見解に分かれていました。
①の見解の根拠は、民法896条の「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。」という規定の存在です。
この規定では、遺産分割でマンションを取得した相続人は、相続開始の時からマンションの所有者になっていることになりますので、相続開始の時からマンションの所有者なら、その時以後マンションから生ずる賃料債権は、その相続人に帰属するのは当然だ、ということになるのです。
②の根拠は、民法898条の「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」という規定の存在です。この規定は、遺産分割協議の結果、マンションが1人の相続人に帰属することになっても、それまでは、マンションは共同相続人の共有であるのだから、その間に生ずる賃料債権も、共同相続人のものになる。賃料は可分債権なので、共有ではなく、共有の割合、つまり相続分に応じて分割されるというのです。
この両説の対立に終止符を打ったのが、前記最高裁判所判決です。これを知らないと、次のような誤解をすることになります。
5 実務であった誤解例
ある遺産分割事件の調停で、マンションをAが相続することになり、調停調書でその旨の記載もなされました。Aは、相続開始後マンションの管理をし、家賃はすべて借家人より受取っていましたが、調停では、その家賃については何の取り決めもしませんでした。その調停が終了した後ですが、共同相続人の1人であるBが、Aに対し、Aが受領してきた賃料のうちのBの相続分について、これはBのものであるから返還してくれという不当利得返還請求の訴えを起こしました。Aは、マンションを相続したのだから、家賃も全部Aのものになると思っていたと弁解しましたが、むろん、このような弁解は認められません。法の不知(無知)は救済されませんので、注意が要るところです。