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河野創

働き方改革と海外人事労務に強い社会保険労務士

河野創(こうのはじめ) / 社会保険労務士

青山人事労務

コラム

海外赴任者への安全配慮義務のポイント

2018年12月11日 公開 / 2020年11月13日更新

テーマ:海外人事 海外労務

コラムカテゴリ:法律関連

コラムキーワード: 働き方改革労働時間健康経営


近年のグローバル化にともない大企業だけでなく、中小企業を含めて海外に社員を派遣する企業は増え続けています。                            
海外人事労務制度は国内労働者を対象とする労働基準法の枠外であることから、海外赴任者の労務管理についてもこれといった共通ルールができているわけではありません。   
このためトラブルが発生した場合は、「会社と従業員で話し合って解決してください。」が原則になります。海外赴任者とトラブルが生じた場合に備えて会社や海外人事労務担当者が最低限やっておくべきことをまとめてみました。 

1.増加する海外赴任者の心身の不調
少子高齢に伴う需要縮小が進む日本国内に対して、企業の海外進出は地域を問わず増え続けています。2016年/2007年比では最近企業撤退が続く中国を除いて、日系企業の拠点数の伸び率は米国でも154%、インドはなんと790%増へと急拡大しています。かつて海外赴任者が少なかった時代は、「心身ともに健康」が赴任の第一条件でした。しかし企業の海外進出が盛んな現在では、多少の持病があっても赴任してもらわないことには事業を進めていけません。
 企業の海外進出の増加に伴い、海外赴任を契機に「持病が慢性化、悪化した」「メンタルを病んだ」ために帰国を余儀なくされる海外赴任者の数も増えてきています。
国内であっても、「業務に起因してメンタルが病んだ」という訴えは労使紛争の相当の部分を占めています。海外赴任者であっても同様に、企業は海外赴任者に対してどれだけ安全配慮義務を講じていたか、ということが必ず問われます。
海外赴任者にあっても同様の安全配慮義務が求められますが、大手企業でも専任の海外人事担当者を配置していることは稀で、問題が顕在化してから始めて対応に迫られることも見聞きします。

2.企業の安全配慮義務
海外赴任中に従業員がいわゆる過労死に至ったり、精神障害を発症したりした場合、それが業務に起因するとされた場合は労働災害の対象になります。
海外赴任者には労災の特別加入が認められていますので、労災保険が適用されますが、この際会社に過失があると認められた場合、安全配慮義務違反が問われトラブルになりかねません。この安全配慮義務を尽くしたかどうかは企業がどれだけ医療機関を通じた対応をとったか証明できることが重要になってきます。

3.海外赴任者への安全配慮義務のポイント
海外赴任者にかかわる訴訟例は今のところそれほど多くありません。したがって、どこまでやれば安全配慮義務を尽くしたかというはっきりした基準もありませんが、以下のことは最低限必要です。

・海外赴任者の担当窓口の設置
・海外旅行障害保険への加入
・予防注射の実施
・赴任先についての安全講習の実施
・赴任地に応じた安全対策の実施
・産業医による赴任前の健康診断による赴任可否の判定
・赴任中少なくとも1年に1回の健康診断の実施
・産業医による健康診断の結果の判定
・海外赴任者への定期健康診断の実施の案内
・海外赴任者への健康診断結果のフィードバック
・赴任中のメンタルヘルスの対応
・帰国後の健康診断
・上記内容の海外駐在員規則(規程)に明記、責任の所在

4.労働時間管理リスク
働き方改革の影響もあり、長時間勤務には世間や行政の厳しい目が注がれています。
先進国は別として、多くの発展途上国では、1日8時間、1週48時間労働が一般的です。
こうした国で働けば1ヶ月で32時間、1年間で400時間以上法定労働時間を超過してしまいます。海外なので日本の労働基準法は適用外ですが、現地で残業時間が50時間/月を超過すると日本基準で過労死ラインの80時間/月を超過したことになります。
実際に人手が限られた海外では、実際の勤務時間は国内に比べて長くになりがちです。日本と同じ出退勤システムを導入して労働時間管理を行うことも可能ですが、出張も頻繁にあり、会社のパソコンを持ち帰って夜半に自宅で仕事を行うことや出張中に空港やホテルで仕事をすることも一般的です。そうしなければ業務が回っていかないからです。
 こうしたことから海外赴任者の労働時間は長くなりがちなうえ「制度として正しく管理」するのも日本のようにはいきません。
 このため海外赴任者については長時間労働による心身不調のトラブル発生のリスクは避けて通れない課題になっています。
 不幸にしてこうしたリスクが現実に発生することに備えとしては保険による対応しか見あたらないのも現実です。
・労災の特別加入は行っていますか
・海外旅行傷害保険の死亡保障額は万一の場合も考えていますか
・できれば労災上乗せ補償もお薦めします


➤海外赴任者の保険の見直しのポイントは

6.おわりに
生活環境が日本と異なり、日本と比べて厳しい労働環境で働く従業員を送り出すのですから上記のポイントくらいは最低限必要になります。全て行ったとしえても金銭的に大きな負担が生じるわけでもありませんので、「海外赴任者への安全配慮義務のポイント」にない項目があればぜひ追加されることをお勧めします。
海外赴任者の健康状態を把握して、適切な健康管理を行っている会社は大企業を含めてもまだまだ多くはありません。
「去る者は日々に疎し」といいますが、国内勤務者に比べ、身近に接していない海外赴任者については、どうしても目が届かず、対応も後手にまわりがちです。
大企業であっても、全従業員に占める海外赴任者の比率が少ないため、労務管理は国内人事労務担当者が片手間に行っているのではないでしょうか。
 冒頭でも申し上げましたが、海外進出は多くの企業にとって、待ったなしになってきています。心身健康な選ばれた従業員を赴任させられたのは過去の話で、今や使える従業員であれば人を選ばず赴任してもらわなければならない時代になっています。
そして、赴任してもらう従業員は企業の中でもなくてはならない優秀な人材がほとんどではないでしょうか。こうした人材がある日突然心身不調で帰国したり、最悪の場合は自殺に追い込まれることもあります。
最悪の事態にならないまでも、職場復帰するまでに長時間かかるような場合は会社にとっても、本人やそのご家族にとっても大変不幸な状態が続きます。
企業の安全配慮義務というと、ややもすると会社が訴えられないようにするにはどうしたらいいか、という後ろ向きの話になりがちです。
とかく国内の従業員に比べて、忘れられがちになる海外赴任者の安全配慮について見直す機会になっていただければ幸いです。

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河野創

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