相続放棄をする前にした行為が、相続放棄を無効にする場合
相続放棄と葬儀費用と治療費の支払
相続財産(被相続人名義の預金)から被相続人の葬儀費用や入院治療費の残額を支払った相続人は、相続放棄をすることができなくなるか?
相続放棄は、
①自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月が経過していないこと、
②相続の単純承認も限定承認もしていないこと、
③法定単純承認事由(民法921条)がないこと
の3要件を満たした相続人なら可能であるが、
③の中の一つに、「相続人が相続財産の全部又は一部を処分した」ことがある(同条1号)。
では、相続人が被相続人名義の預金の払戻を受けて、被相続人の葬儀費用や入院治療費の残額を支払ったとき、相続放棄をはできなくなるのか?という問題がある。
葬儀費用に関しては、大阪高等裁判所平成14年7月3日決定は、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる相続財産の「処分」には当たらないと判示している。
その理由は、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。葬儀費用の支払いは衡平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するときとして、「相続財産の処分」に当たらないと判断したのである。
入院費用に関しては、大阪高等裁判所昭和54年3月22日決定では、相続財産から自己の所持金を加えた金員をもって治療費残額の支払に充てた行為を、相続財産の「処分」には当たらないと判示している。
その理由としては、火葬費用と同様、治療費残額の支払は、遺族として当然なすべき人倫と道義上必然の行為であり、衡平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであるからだと判示している。