19 あなたの監査役会設置会社の理念は何ですか?
7 小規模会社の株式譲渡に関する法務DD固有の問題
― 売主が株主であることの確認方法について ―
(1)問題と理由
M&Aの中の合併や事業譲渡は、会社の機関決議(株主総会決議や取締役会決議)が必要なので、権利のない者が会社の合併や事業譲渡の売り手になることは不可能である。
しかし、株式譲渡だけは、株主でない者が株主を標榜して売り手になる危険性がある。
もっとも、定款で株式譲渡が株主総会や取締役会による承認を必要とする場合は、その決議を得る必要があるので、株主でない者が株式譲渡をすることは極めて難しい。
では、株式譲渡の売主になる者が、当該会社の代表取締役であるような場合はどうであろうか?
自分の保有株を実際の株数より大きく見せ、株式譲渡に取締役会等の承認があった旨書いた議事録を偽造すれば、自己が保有する株式だけでなく他の株主の株式まで売って不法な代金まで取得することはできないわけではない。
その可能性があるので、株式譲渡についての法務DDでは、【売主が真に株主であることの確認】を怠ることは許されない。
そこで、その方法について解説する。
ア)原則的方法
売主が株主であることの確認をする原則的方法は、次の3つである。
➀ 会社が株券発行会社ならその株券の原本の交付を受けること。株券発行会社でない場合は不要。
②会社代表者(代表取締役または代表執行役)の記名押印のある「株主名簿の内容を証明する書面」(これは株主の権利として会社から交付を受けうるもの)の交付を受けること。
ただし、売主が会社の代表者である場合は、信用しきれないので、代表者の次順位の役員に添え書き的に証明してもらったものも要求すること。
③売主に損害賠償の無過失責任(古い言葉でいう「瑕疵担保責任」、新しい言葉でいう「契約内容不適合責任」)を負わせること。また、売主が複数いるときは全員にお互いの連帯保証をさせること。
すなわち、売主は、買主が株式を有効に取得できなかった場合、無過失でも買主の損害を賠償する条項を契約書に規定することが重要になるのである。
これを約束しない売主がいれば、それは売主の自己矛盾であるので、譲渡契約は結ばないことが肝要となる。
イ)株主名簿が存在しない場合
この場合は、誰が株主かは不明ということになる。
それでも株式を買うというのなら、可能な限り売主が株主であることの証明を求めなければならない。
その方法として次の(1)から(4)をする方法がある。
ⅰ売主に人的、物的担保責任を負わせること。これはアの③に加えての担保である。
ⅱ 株主名簿が存在しない理由の説明を求めること
その説明が納得でき、裏付けもとれるときは、次のことをする。
ⅲ税務署長の受付印のある「法人税申告書控え」を閲覧し、別表2のコピーをもらうこと。
「法人税申告書別表2」は、会社が株主と考えている者を書いているので、一応の参考になるからである。
しかしながら、「法人税申告書別表2」は株主名簿に代わるものではなく、株主名簿の補強材料でしかないことに要注意。
実務では種々の理由でこの「法人税申告書別表2」に細工が加えられ、訴訟になるケースがあり、しかもそういう紛争は希ではないので、無条件で「法人税申告書別表2」を信用するのは危険である。
なお、「法人税申告書別表2」は、コピーだけで内容を知ったつもりにはならないこと。税務署長の受付印のある「法人税申告書控え」(書類の差し替えができないもの)で確認することが肝要である。
民事訴訟の中で、原告と被告双方から内容の矛楯する同じ決算期の「別表2」のコピー(本来なら同じ物になるはず)が証拠として提出されるケースがあるくらいだからである。
また、「法人税申告書控え」は現存する全て(最低でも7期分はあるはず)を見る必要がある。
「法人税申告書別表2」を細工するケースには、相続税対策として息子社長が親の株式を親に無断で毎年少しずつ自分の妻や子の名義に換えていく事例が多いからである。その疑いが生じたときは、名義書換前の元の株主(この場合は社長の親)に意思確認をすればよい。
ⅳ聞き取り調査などをすること
できる限り、聞き取りなどを通して売主が株主であることは間違いないと確信するまで調査をすること。
以上の株主確認をしても、売主が株主でなかったときや株数が少なかったときなど、買主が契約に定めた株式を有効に取得できない場合がある。
これは、株式譲渡契約に内在する固有のリスクである。
それだけ売主が株主であることの確認は、慎重かつ丁寧にすべきことになるのである。
かつて土地の所有者でない者(地面師といわれる詐欺師)が、所有者を装い、大手不動産会社から売買代金名下に55億円という大金を騙し取った事件があったが、株式譲渡ではそういう事件を起きないとは言えないのである。
そうであるから、買収対象の会社の紹介を受けた場合で、➀その会社のことについて全く予備知識がないとか、②売り手になる株主の属人的な要素を全く知らないときは、ここまでの調査とDDをするべきであろう。