産業競争力の強化は日本人の悲願なり
リスク(危機)管理に、二段あり
1,リスク(危機)管理システムを巡る論争
大和銀行のニューヨーク支店で、一人の銀行員が、上司に無断で、アメリカ国債の簿外取引をし、大和銀行に約1100億円の損害を与えた。
この事件は、会社の取締役には、阻止できないものであったのか?
取締役、特に日本に居る取締役は、この件、すなわち地球の裏側で起こった事件など、阻止できるものではない、と言う。
しかし、そうなのか?
銀行員が、簡単に電話一本、あるいはパソコン操作一つで、この簿外取引ができるものであったのなら、大和銀行の取締役は、それを阻止するシステムをつくるべきであったのではないか?などの論争の結果、大阪地方裁判所は、平成12年9月20日判決で、いわく。
株式会社は、事業の種類、性質等に応じて、一定程度のリスクは生ずるものだ。だとすると、経営陣は、想定される各種のリスクについては、これらを正確に把握し、適切に制御すること、すなわちリスク管理システム(いわゆる内部統制システム)を整備することはできたはずだ。しかるに大和銀行の頭取以下の取締役は、その義務に違反した。そこで、その違反の軽重に応じて、取締役は、大和銀行に損害賠償をするべし。
かくてこの判決、我が国の裁判史上で最初に、リスク(危機)管理システム整備義務が、取締役にあることを認めた判決となったのだ。
判決の内容は、当時のニューヨーク支店長だった元副頭取に単独で5億3000万ドル、現・元役員ら11人に計約2億4500万ドル、合計すると、邦貨換算で800億円を遙かに超えた損害賠償が命じられたのであった。
この判決の影響は大きく、かつ、多方面に広がった。
以後、リスク管理システムは、あらゆる法人の義務とされるようになった。
それだけでなく、東日本大震災の津波で小学校の児童多数が犠牲になった事故も、自治体の義務(危機管理マニュアル整備義務)違反による、とされる事例まで出てきたのだ。
すなわち、2016年(平成28年)10月26日、仙台地方裁判所は、宮城県と石巻市に対し、危機管理システムの整備ができていなかったことを過失だとして、東日本大震災の津波で小学校の児童多数が犠牲になったことの責任を認め、損害賠償を命じるに至ったのだ。
なお、この判決の理論は、控訴審、上告審にも認められたのだ。
地方自治法が改正され、自治体にも内部統制システム(リスク管理システム)を整備する義務がある、と明文化されたこと言うまでもない。
2.クライシス・マネジメント
なお、リスク(危機)管理システム整備義務の要諦は、会社がこの義務さえ整備しておけば、想定外のリスクが発生して会社に損害が生じても、経営陣の責任は問わない、というものだ。
しかし、想定外のリスクが発生しても、事後的措置を怠ると、取締役の責任が生ずることがある。
これが、二幕目のクライシス・マネジメントのことだ。
このクライシス・マネジメントという言葉は、Dドーナツ事件の判決の中で明らかにされた。
この事件は、ドーナツの製造販売をするD社が、食品衛生法では使用が認められていない添加物を使用した商品を販売したケースだ。
D社は、リスク管理システムを整備していたので、取締役に、この不祥事の責任が問われることはなかった。
しかしながら、法の認めない添加物を使用していた問題が発覚した後、経営陣は、それを公表しなかった。公表しておれば、製品の回収などをし、被害の拡大を阻止できたのに、それをしなかったのだ。
大阪高等裁判所平成18年6月9日判決は、取締役は、不祥事を知った後は、会社のクライシス・マネジメントとして、速やかに公表するなどして、会社の信用失墜を最小限にとどめるべきだったのに、これをしなかった。
「積極的に公表しなかったことは、消極的隠蔽」だとして、経営陣に対し、53億円の賠償を命じたのだ。
最高裁でもこの理論は支持された。
であるから、会社その他の組織には、クライシス・マネジメントも十分に考究・整備しておく必要がある、ということなのだ。
以上で明らかなように、危機管理は二段の整備が必要となるということだ。