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賃貸不動産の譲渡と敷金返還請求権の債務者

2019年4月4日

テーマ:不動産法(賃貸借編)

コラムカテゴリ:法律関連

1 賃貸人の地位の承継
 賃貸借契約の対象不動産が、譲渡された場合、譲受人が賃貸人の地位を引き継ぎますが、敷金返還債務も引き継ぎます。

(1)判例(昭和四四年七月一七日最高裁第一小法廷判決)
 敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人の賃料債務不履行があるときは、その弁済として当然これに充当される性質のものであるから、建物賃貸借契約において該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があつた場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、賃借人の旧賃貸人に対する未払賃料債務があればその弁済としてこれに当然充当され、その限度において敷金返還請求権は消滅し、残額についてのみその権利義務関係が新賃貸人に承継されるものと解すべきである。

(2)大阪高等裁判所平成16年7月13日第9民事部判決
 建物賃貸借契約において、当該建物の所有権移転に伴い賃貸人たる地位に承継があった場合には、旧賃貸人に差し入れられた敷金は、未払賃料等があればこれに当然充当され、残額についてその権利義務関係が新賃貸人に承継される(最高裁昭和44年7月17日第一小法廷判決・民集23巻8号1610頁参照)。
 これは、賃貸借関係の承継は、敷金返還請求権については債務者(賃貸人)の交代であるから、本来、債権者たる賃借人の同意にかからしめるべきところ、〔1〕敷金は、本来賃料その他の賃借人の債務を担保するものであること、〔2〕敷金の権利関係が引き継がれないとすると、旧賃貸人は、未払賃料等を差し引いた上で残額を賃借人に返還しなければならず、賃借人は、返還を受けた上で新賃貸人と改めて敷金について合意しなければならないこととなり、旧賃貸人にとっても賃借人にとっても不便であること、〔3〕物件のあるところに財産があるのが通常であるから、敷金返還請求権を引き継ぐとした方が返還請求権を実効あらしめるものになること、〔4〕新旧賃貸人間では、敷金返還請求権の承継を前提に物件譲渡契約の内容を決定すればよく、敷金返還義務が引き継がれるとしても特に不都合はないことなどを理由とするものと考えられる。
・・・(中略)・・・
(この理は、敷金返還請求権につき第三者のために質権を設定している場合でも変わりはありません。同判決は、続けて
 敷金返還請求権に質権が設定された場合でも、それによって敷金としての性質に変更が生ずるとは考えられない。そして、質権が設定された場合でも、質権の債務者(賃借人)にとっては、敷金返還請求権が引き継がれるとした方が前記(1)で指摘した不便さを回避することができ、都合がよいことに変わりはなく、新旧賃貸人にとっても、敷金返還義務が引き継がれるとすることで特段不都合はないものと考えられる。
 質権者にとっては、賃貸建物の譲渡により敷金返還義務も移転するとしたのでは、〔1〕返還義務者(新賃貸人)の資力が低下するおそれがあること、〔2〕質権者のあずかり知らないところで、第三債務者が変更になってしまうこと(だれに対して請求すればよいのかが不明になるおそれがある。)といった不都合が生じることが認められる。
 しかし、〔1〕については、そもそも、質権が設定されていない場合でも、賃借人(敷金返還請求権者)自身も、新所有者の資力についての危険を負担しなければならないのであり、質権が設定された場合でも、質権者に対し質権の債務者(賃借人)以上の独自の利益を認める必要はないから、敷金返還義務を承継しないとする根拠にはならない(なお、一般的には賃貸目的物のあるところにより資力があると解されること前記のとおりである。)。
〔2〕については、確かに質権者としては、質権を実行しようとすれば、賃貸物件の所有者がだれかについて注意を払っておくなどの労力が必要になる。しかしながら、そもそも、敷金返還請求権は、支払時期、額が確定しているわけではなく、賃貸借契約終了時において初めて確定し、それまでの賃貸借契約の履行状況に左右されるという不安定な側面を有する債権であって、賃借人の債権者(質権者)が、ここから債権回収を図ろうとする場合に、そのような不安定さを甘受すべきであることは当然である。敷金返還義務者の把握についても、同様であって、質権者が所有者の変動に注意を払っておくという程度の不利益を負ったとしてもやむを得ないと考えられる。
 被控訴人としては、本件ビルの譲渡の有無を調査し、本件ビルの譲受人に質権の存在を通知すること等により、建物譲受人(新賃貸人)から債権を回収することは可能と考えられる。

 そして、敷金は、前記のように、賃貸借契約上の賃借人の債務を担保するためのものである。そうとすれば、賃貸人の交代による承継は、敷金の性質上当然のことである。賃借人の債権者が敷金返還請求権に質権を設定しても、それは、敷金自体の性格からくる制約を甘受せざるを得ないとすべきである。
 そうとすると、敷金返還請求権に質権を設定することの実質的機能は、賃貸借終了時点において、賃貸人が賃借人に返還してしまうことを禁止することにあると考えられる。賃貸物件の譲渡を禁ずることができないのはもとより、敷金に関する権利関係の承継を禁ずることもできないというべきである。

この記事を書いたプロ

菊池捷男

法律相談で悩み解決に導くプロ

菊池捷男(弁護士法人菊池綜合法律事務所)

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