社外取締役の有用性
菊池:
ねえ、後藤くん、ESGとかESG投資という言葉をよく聞くが、この言葉の意味は何だい?
後藤:
ESGは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字から作った造語でな、ESG投資とは、ESGに配慮している企業を重視・選別して行う投資のことだ。上場会社を評価する一つの指標になっているよ。
菊池:
環境とは、何だい?
後藤:
例えば、
① プラスチック製のストローを止めて、紙製のストローにするとか、
② 化学物質を含まない植物由来のヘアカラーをつくるなど、上場会社の投資対象を、環境に優しいものにすべきだということだよ。
菊池:
では、社会とは何だい?
後藤:
会社の従業員や顧客などのステークホルダーに喜ばれる経営をすることだよ。具体的には、
① 法の許す範囲内でしか残業をさせず、残業をさせたときは法が定める手当てを支払う。
② 従業員の意見を通りやすくするため社外に苦情の窓口を設け、かつ、従業員の発言の秘密を絶対に守る。③顧客満足度を高める経営をする。などだ。
ブラック企業と呼ばれる会社の対極にある会社にするのが「社会」の意味だと思えばいいよ。
菊池:
では、ガバナンスとは、何だい?
後藤:
マスコミを賑わしているような、会計不祥事や品質データのねつ造ができないような統治体制を構築することだよ。具体的には、
① 財務、非財務にかかわらず情報を開示する。
② 公益通報保護体制を含む内部統制システムを構築する。
③ 独立社外取締役を置き会社経営を監視することなどだよ。
菊池:
ESG投資とは、君が今述べたようなことを、上場会社がすることを意味する言葉なのかい?
後藤:
そうだよ。同時に、機関投資家も、そのようなESG投資をする上場会社にこそ、投資すべきだという意味でもあるよ。
菊池:
機関投資家というと、投資による利益の極大化を求める法人やファンドというイメージがあるが、その機関投資家が、投資先にESG投資を奨めるべきだというのかい?
後藤:
そうだよ。上場会社はESG投資の主体になるべきだが、上場会社の株主になる機関投資家も、上場会社に対しESG投資を奨めるべきだということだよ。
菊池:
ESG投資と、機関投資家の投資利益の極大化とは、矛盾しないのかい?
後藤:
矛盾はしないよ。そりゃあ、かつては、機関投資家の投資尺度は、上場会社の財務情報だけだったという時代もあったよ。増収率や増益率、それに株価収益率(PER)や株価純資産倍率(PBR)などの指標が極めて重要であった時代だよ。
ねえ、菊池くん、わが国は1990年代後半、不動産バブルに踊らされて、やがてはバブルの崩壊を見、以後、失われた10年とか20年とかいわれた低成長時代を経験しただろう。あれなど、一部の金融機関がした野放図な不動産融資が大きな原因をなしたといってよいが、そのバブル時代華やかなりし頃、バブルを醸成し、バブルを追いかけた金融機関は大いにもうけた。しかしだ、それは永続するものだったかい。
菊池:
いいや、永続なんてとんでもない。北海道拓殖銀行などの都市銀行が破綻し、金融機関が再編成され、地方の金融機関の中からも、激しく淘汰されるものも多数出たなあ。
後藤:
そうだろう。ESGに目を配らない会社は、利益を得ても、一時的なものじゃあないのかな。少し長い目でみると、ESG経営に注力する会社は、リスクが少なく、利益成長は大きいということになるんじゃないかなあ。
環境一つとっても、競争社会の中にあって、他社に先んじて環境に優しい製品をつくるということになると、それだけ技術力を付けるということでもあり、それが次の時代の成長を作りだすことになるのじゃあないかなあ。
菊池:
なるほどなあ。では、スチュワートシップ・コード(金融庁が策定した、機関投資家がなすべき行動原則)も、機関投資家に対して、ESG投資をする上場会社にこそ、投資すべきだといっているんだね。
後藤:
そうだよ。
菊池:
ところで、後藤くん。ESG投資の重要性が認識されることになったきっかけは、なんだい?
後藤:
国連が2006年に大手機関投資家に対し、投資判断にESGの観点を組み込むことを求める「責任投資原則」(Principles for Responsible Investment:PRI)というルールを提唱してからだよ。
国連のいう「責任投資原則」とは、その後世界が採用するに至った今日のコーポレートガバナンス・コード(上場会社がする行動原則)やスチュワードシップ・コード(機関投資家がする投資原則)の先駆け的なものと思えばよいが、国連は、わが国でのバブルの崩壊、アメリカでのエンロン(2001年)、ワールドコム(2002年)の倒産などに共通する原因が、上場会社の短期的利益の追求を狙った投資姿勢であり、かつ、それをさせてきた機関投資家の姿勢であったと考えたことによるんだよ。
菊池:
なるほど、で、国連が2006年に提唱した「責任投資原則」は、世界の経済界に受け入れたのかい?
後藤:
折から、その翌年の2008年、リーマンショックが起こった。このリーマンショックも短期的な利益を狙ってした投資の失敗だった。これが契機になって、国連が提唱した「責任投資原則」が世界に受け入れられたといってよいよ。
菊池:
世界的にみて、ESG投資は、どの程度なされているのだい?
後藤:
2016年のデータだが、全投資額に対するESG投資の割合は、欧州が約53%、豪州・ニュージーランドが約51%、アメリカが約22%、わが国約3%でしかない。
菊池:
これからのESG投資の流れを、占ってくれないかい?
後藤:
ESG投資は確実に増えると思うよ。その情報開示に関することだが、すでにEUでは、従業員の平均数が500人を超える企業に、ESGに関する情報開示を義務付けている。わが国もそうなってくると思うよ。
菊池:
ということは、ESG投資に積極的でない上場会社は、投資家からみると投資妙味のない会社になるのかい?
後藤:
そうだよ。石炭使用の比率の高い会社、データ改ざんなどのガバナンス上問題のあった会社などは、投資の対象から外される可能性があるよ。
最近の新聞報道によれば、商社が温室効果ガス排出量の多い燃料炭の鉱山権益をすべて売却したというが、これは、機関投資家が投資を控える、ダイベストメント(投資撤退)のリスクを考慮した結果とされているよ。
菊池:
なるほど、よく分かった。では、ESG投資をする場合、何を目安にすればいいんだい。
後藤:
世界のESG投資額の統計を集計している国際団体のGSIA(Global Sustainable Investment Alliance)によると、ESG投資適格会社の選別手法として、次の6つのスクリーニング方法をあげている。わが国の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、上場会社の銘柄に、AAAからCCCまで7段階のESG評価を付けているが、これらは目安になるだろうなあ。
① ネガティブ・スクリーニング:
米国のキリスト教系財団から始まった最も古い投資手法で、武器、ギャンブル等の倫理的でない業種の企業を投資先から除外するものである。今日でもこの手法は基本になっている。
② ポジティブ・スクリーニング:
同種の業界の中でESG関連の評価が最も高い企業に投資する手法である。ただ、この手法によると、投資先企業が非常に少なくなるという欠点がある。
③ 規範に基づくスクリーニング:
2000年代に北欧で始まった比較的新しい手法で、ESG分野での国際基準に照らし合わせ、その基準をクリアしていない企業を投資先リストから除外する手法である。
④ESGインテグレーション型:
投資先選定の過程で、財務情報だけでなく、非財務情報も含めて、当該企業の将来の事業リスクや競争力などを分析して投資対象を見極める手法である。
これは、年金基金等の長期投資性向の強い機関投資家が一般的に採用する手法である。
⑤サステナビリティテーマ投資:
特に再生可能エネルギー、持続可能な農業等のサステナビリティ関連企業に対する投資手法である。
⑥インパクト投資:
環境・社会に貢献する技術やサービスを提供する企業に対して行う投資手法である。
菊池:
ところで、サステナビリティー(持続可能性)という言葉を、最近、よく聞くが、ESG投資は、サステナビリティーに資する投資ということになるのだろうなあ。
後藤:
まさに、君の言うとおりだよ。