ホールディングスのメリット・デメリット
菊池:
ねえ、後藤くん、M&Aって、何だい?
後藤:
M&Aは、英語の「Merger(s) and Acquisition(s)」の略語だ。Merger(s)は合併、 Acquisition(s)は買収の意味なので、M&Aは「合併・買収」と訳されているが、無論、M&Aという用語は、会社法の条文上も出てこないし、定義もされていない。
M&Aは、いわば、経営戦略上の用語であって、合併と買収のほかに、会社法に明文のある株式交換・株式移転・会社分割・事業譲渡、さらには会社法にない言葉だが、経営統合・資本提携・業務提携をも含む用語として使われている用語だ。いわば、M&Aは、これらの言葉の包括概念だよ。
菊池:
では、M&Aの目的は何だい?
後藤:M&Aは、経営戦略の一環として、
① 事業規模の拡大と強化、
② 経営の効率化・スピード化、
③ 新規事業への参入、
④ 海外進出の手段、
⑤ 中小企業の事業承継のほか、
⑥ 最近では人材不足の対策として行われる(日経新聞「人材不足M&Aで防衛」2019年1月31日)など実に多様な目的で行われているよ。
菊池:
ところで、会社の買収ということになると、いわゆる敵対的企業買収(買収対象会社の経営者の意思に反する企業買収)も含まれると思われるが、敵対的企業買収も多いのかい?
後藤:
無論、敵対的企業買収も一つのM&Aであることに違いはないが、敵対的企業買収は、これまでのケースを見る限り、多くは失敗に終わっており、多いとはいえないなあ。
菊池:
敵対的企業買収がうまくいかない理由は、何だい?
後藤:
一つには、被買収企業のコアとなる技術者とか幹部職員が辞めてしまうことがある。こういうケースになると、M&Aが成功することはないだろうからね。
菊池:
ところで、M&Aという言葉はいつごろから頻繁に使われだしたんだい。
後藤:
M&Aという言葉が頻繁に使われるようになったのは、経済のグローバル化に伴う国際競争の激化を背景にした業界内再編を迫られたことに始まるので、1990年頃以降の話だが、急激に増えたのは、平成9年に独禁法が改正され、純粋持株会社の設立が解禁され、純粋持株会社を設立し易くするための制度(株式移転や株式交換など)ができた以後だなあ。
菊池:
そういやあ、平成9年に独禁法が改正されて純粋持株会社が解禁され、その結果ホールディングスという語が会社名(商号)の中に、よく使われるようになったことは、以前君から聴いていたよなあ(別項「ホールディングスが増えた理由」参照)。
後藤:
そうだよ。
菊池:
ところで、後藤くん、わが国では、経営統合などを含めて、現在どのくらいの数のM&Aがなされているんだい?
後藤:
2018年において、公表されているわが国におけるM&Aの件数は、3818件であるという(M&A online「調査レポートー『2018年10-12月期・年間』日本企業M&A公表案件ランキング」)。これだと毎日10件以上のM&Aが行われていることになるなあ。
菊池:
すごく多いんだねえ。ところで、M&Aに費やされる金額について訊くが、新聞報道によれば、武田薬品工業(以下、武田という)のシャイヤーの買収には約7兆円の金額を必要とするようだ。M&Aというのはそんなに高額なものになるのかい?
後藤:
これまでの国内のM&Aの対価は、多くても数千億円程度で1兆円を超えることはなかったが、海外案件では、2016年のソフトバンクによる英半導体設計会社アーム・ホールディングスの買収価格は約3.3兆円であった。
海外案件は、世界シェアーを目標にすることもあって、相手方企業も世界的企業になる場合があるので、高額になりがちなんだよ。それにしても武田とシャイアーのケースは、大きな金額ではあるよなあ。
菊池:
なぜ、武田の経営陣は、こんな巨額の企業買収に乗り出したんだい?
後藤:
シャイアーは、総売上高・企業価値において、武田とはほぼ同程度の会社だ。そのような会社を買収するのだから、買収対価は巨額なものになったが、この買収の結果、武田は世界の製薬会社のトップテンにも入ることになった。ここから推して、武田の経営陣は、シャイアーを買収することによって、その後のシナジー効果(スケールメリットなど)が期待でき、今後の持続的発展ができると踏んだのだろう。
菊池:
経営陣はそう考えていたとして、では株主はどう考えていたんだい?
後藤:
株主のうち武田の創業家株主は反対していたよ。また、この買収話が持ち出された直後、武田の株価が急落したところをみると、多くの株主が買収に不安を持っていたのだと思うよ。
菊池:
で、結局、株主総会の結論はどうなったんだい。
後藤:
株主総会では、創業家株主は反対したが、賛成する株主が可決要件の3分の2を超え、買収は承認されたよ。その頃は、武田の株価も元に戻っていたところをみると、株主、特に機関投資家は、本件買収を支持したということになるなあ(日経新聞「武田、シャイアー買収今日完了」2019年1月8日)。
菊池:
武田のシャイアー買収について、何か法的問題はあるかい?
後藤:
あるよ。実に興味深い法的問題があるんだ。武田はシャイヤーの発行済株式総数の買収に7兆円近い対価を払うが、そのうちの約4兆円分は、現金の代わりに武田自らが新株を発行して、これをシャイヤーの株主に与える方法をとった(日経新聞「武田、新株4兆円議案に」2018年11月13日)。これが、一つの法律問題になるんだよ。
というのは、わが国の会社法には、このような自社株(新株)を発行してこれを相手方会社の株主の一部に交付し、相手方会社の株式と交換する制度(株式交付)は、まだないのだ(欧米ではこれがあるが)。
現在、わが国では、遅まきながら、会社法を改正して「株式交付」制度を設ける予定になっている(商事法務展望「会社法制に関する動向」商事法務2187号32頁)が、現時点ではまだ会社法の改正は実現できていない。そのあたりのことを武田は、どうクリアするのか、法律家として興味深く見守っているんだよ。
菊池:
海外案件のM&Aの中に、巨額な損失を出した例が何件か、マスコミで報道されたよねえ。なぜ、海外案件では巨額の損失が発生するのだい?
後藤:
東芝や野村證券などが、巨額損失を出したよなあ。
菊池:
一般論として、海外案件で巨額な損失を出す理由はなんだろうなあ。
後藤:
そうだなあ。M&Aを成功させるには、対象企業の企業価値の適正な評価が最も重要だ。対象企業にどれだけの資産価値があるか、隠れた簿外債務等のリスクはないか、M&Aによるシナジー効果はどのくらい見込めるか等を総合的に調査し、問題点や改善点等を抽出、分析する、いわゆるデューデリジェンスが必須となる。
東芝も野村も日本のトップ企業であるから、当時としてはそれなりのデューデリジェンスを行ったはずであるが、東芝は、約6000億円で買収したアメリカのウエスティングハウス(WH)がらみで巨額の損失を被り、野村は、破綻したリーマン・ブラザーズの欧州・中東部門を買収したが、何千人という超高給取りの従業員の報酬をそのまま保障して受け入れたことから、多額の損失が発生した(日経新聞「野村HD 赤字1012億円―過去のM&Aで損失―」2019年2月1日)。
物の売買であれば、誰が所有者になっても、同じ価値を有し、機能に変化はない。しかし、企業買収によって、当該企業の支配権を握っても、新しい経営陣が、そこで働く従業員の能力、技術・ノウハウ等を十分に発揮できるようにしなければ、所期の目的を達成することができない。
東芝のケースも野村のケースも、ネット記事なんかを見ると、いろいろ失敗の原因が書かれているが、特に海外案件では言葉も文化も異なる海外企業の役員、従業員を適切に管理し、コントロールできなければ、やはりシナジー効果を得ることはできない。これが大変難しいんだろう。
菊池:
M&Aのシナジー効果とはどんなことをいうんだい。
後藤:
シナジー効果とは、一言でいえば、複数の企業が個々独立して運営するよりも、協力して、あるいは統合して運営する方がはるかに大きな利益を得られる効果をいう。
M&Aによって当事者企業の持つ経営資源(人、モノ、カネ、ノウハウ、取引先、情報等)を享有でき、事業の効率的運営、事業の拡大、スケールメリットによるコストの軽減、信用力の増強等を図ることができる、ということだよ。
菊池:
では、M&Aによる損失を有効に防ぐにはどうすればいいんだい?
後藤:
それが分かれば、誰も苦労はしないよ・・<笑い>・・