遺言執行者観に関する謬説がなくなるまで⑤
第2節 遺言の方式
遺言の方式には、普通の方式として、自筆証書、公正証書、秘密証書の三種、特別の方式として、死亡危急時遺言、伝染病隔離者の遺言、船舶遭難者の遺言の三種のほか、外国に在る日本人の遺言の方式があります。
本書では、このうち自筆証書遺言のみを取りあげます。公正証書遺言と秘密証書遺言は公証人が関与しますので、必要を生じたときは公証人に相談すれば足り、特別の方式も、必要が生じたとき改めて詳しく調べることで足りると思うからです。
なお、外国に在る日本人の遺言の方式は、第984条で「日本の領事の駐在する地に在る日本人が公正証書又は秘密証書によって遺言をしようとするときは、公証人の職務は、領事が行う。」とだけ定めています。
【条文】
(自筆証書遺言)
第968条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、自筆証書にこれと一体のものとして相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。この場合において、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
3 自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
【解説】
(1)自筆証書遺言は、①全文を自筆で書くこと、②日付も自筆、③署名も自筆、④押印をすることが必須の要件
ア 自筆の意味
自筆とは、遺言者自身が筆記用具を用いて書くということです。
他人の添え手があっても自書と認められるのは、次の要件を充たした場合です。
(判例)最高裁昭和昭62・10・8一小法廷判決
病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し、(2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効であると解するのが相当である。
イ 押印する印鑑は、認め印でもよく、拇印でもよい
(判例)
最高裁判所平成元年二月一六日第一小法廷判決
・・・もともと自筆証書遺言に使用すべき印章には何らの制限もないのであるから・・・自筆証書遺言の方式として要求される押印は拇印をもつて足りる・・・
ウ 押印に代えて花押を書くことはできない
【判例】
最高裁判所第二小法廷平成28年6月3日判決
我が国において,印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。以上によれば,花押を書くことは,印章による押印と同視することはできず,民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。
(2)相続財産目録は、パソコン印字でもよい(平成30年改正点)
平成30年の改正法では、自書証書遺言について、大きな改正がなされました。
それは、相続財産目録はパソコンで印字したものでよいことにしたのです(968②)。具体的な行為は、条文に書かれたとおりです。
(3)自筆証書遺言の法務局での保管制度ができた(新法)
これは自筆証書遺言の失念、紛失、破損、隠匿という事故を避けるため、法務局で保管してもらえる制度です(遺言書保管法)。
(4)遺言書保管法によって保管される遺言書は、家庭裁判所の検認を要しないことにした(遺言書保管法11条)。