公用文用語 もと(「下」と「元」と「基」)の使い分け
本年8月15日は、終戦72年目の戦没者追悼式が執り行われた日です。
この日、天皇陛下の「お言葉」が、天皇陛下の口から読み上げられましたが、その文面の中に、「・・・深い反省とともに・・・」という語句と、「・・・全国民と共に」という語句が、書かれています。
同じ副詞であり、同じ読み方になる「ともに」と「共に」が、一方は仮名で、他方は漢字で、書かれているのですが、無論、ここで使われた「ともに」も「共に」も、理にかなった正しい使い方です。
これは、拙著「公用文と法令用語に学ぶ、漢字と仮名使い分けの法則」(山陽新聞社発行)34ページ以下にも解説しているところです。
すなわち、副詞は、用言(動詞、形容詞、形容動詞)を修飾する語ですので、それ自体意味のある言葉になっており、したがって、有意文字である漢字で書くべきですが、「公用文における漢字使用等について」(平成22年11月30日内閣訓令)では、「説明するとともに意見を聞く」と書く場合は、「ともに」と仮名で書かれています。
これは、この文での「ともに」には、「一緒に」という意味はなく、したがって、その意味になる「共に」と漢字で書かず、仮名で書かれたものと思われます。
(なお、法令用語としては、すべて「とともに」と仮名で書かれ、「と共に」と漢字では書かれていないこと、私の2014.07.11のコラムで紹介したとおりです。)。
語句を漢字で書くことができそうな場合であっても、その文の中にあっては、その語句に漢字固有の意味が宿っていない場合や、その意味が希薄な場合、つまりは、漢字が、俺の方を見てくれという訴えをしていないものについては、漢字が当て字になってしまいますので、こういう場合は、仮名で書くべきであるのです。
ですから、天皇陛下のお言葉の中の、「・・・深い反省とともに・・・」という語句の「ともに」は、「一緒に」という含意がないものですので、仮名で書くべき語になり、「・・・全国民と共に」という語句の「共に」は、天皇陛下が国民と「一緒に」すること、さらには天皇陛下と国民とは運命共同体にあるという含意があるので、漢字で書くべきことになるのです。
なお、天皇陛下のお言葉全文は、次のとおりですが、この文の中には、仮名で書かれた次のような語も見られます。
これらが、漢字でなく仮名で書かれた理由は、次のとおりです。
1行目 「あたり」は「機会に」という意味なので、「当たり」と書くと当て字。
なお、一般的にいって、動詞として使われる漢字を、接続詞や副詞として使う場合、
漢字は当て字になります。
例:動詞なら、「命令に従って行きます。」は漢字使用になりますが、接続詞として、「「したがって、」
と書く場合は、仮名になります。
1行目 「かけがえなのない」は、「大切な」という意味なので「掛け替えのない」と書くと当て字
2行目 「いたします」は、動詞(ここでは「新たにする」)を助ける補助動詞でしかないので、
「新たに致します」と漢字で書かず、「新たにいたします」と仮名で書く
3行目 「すでに」は副詞であり、副詞は原則として漢字で書くべきだが、(したがって、ここでは「既に」と書
くべきが原則)になるが、この文章では、漢字で強調すべきほどの訴求力を要しない語なので、
仮名で書かれたものと思われる。
3行目 「たゆみのない」は、「不断の」という意味なので、「弛みのない」と書くと「ゆるみ」になってしまい、
当て字になる。 なお、「弛み」は「常用漢字表」にはないので、その理由からも書けない。
4行目 「しのぶ」は漢字で書くと「偲ぶ」であるが、「常用漢字表」にはないので仮名で書く。
4行目 「とき」は、仮定的条件の「場合」と同義であるので、「時」と書くと当て字
4行目 「なお」は、固有の意味のない「尚」を当てない。
4行目 「こと」は形式名詞なので、仮名で書く。出来事の意味になる漢字の「事」は書かない。
5行目 「とともに」と「と共に」で、漢字と仮名が使い分けられた理由は、前述のとおりだが、
「ともに」の意味はアクセントが右下がり、「共に」の意味はアクセントが右上がりになるほどの違いが
ある。
・・・・
天皇陛下の終戦72年目の戦没者追悼式におけるお言葉全文
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」にあたり、全国戦没者追悼式に臨み、先の大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来、すでに72年。国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
なお、ここで弁明をしておきたく思います。
私が、このコラムで、「天皇陛下のお言葉」を紹介したことにつき、なにか思想的、政治的な意図があるのかとの質問がありました(質問自体に驚きましたが)が、私は、「天皇のお言葉」として新聞紙上の載せられた文章が、拙著「公用文と法令用語に学ぶ、漢字と仮名使い分けの法則」(山陽新聞社発行)で解説したとおりの、法則を踏んだ書き方になっていることから、紹介したものです。
私は、国民の一人として、天皇陛下に対しましては、厚い尊崇と敬愛の心情を有していますが、特に思想とか政治観という面から天皇陛下を考えるという視点は持っていません。
本コラムに書いた内容は、純粋な法則としての漢字と仮名の使い分けの基準を紹介しただけのもので、他意はありません。