遺留分法理③ 遺贈(ここでは相続分の指定)+贈与により侵害された遺留分額の計算法理
1 現行法の下では、遺言執行者の権限が、明確に定められているわけではないこと
法制審議会民法(相続関係)部会に提出された資料には、
「遺言執行者の権限の範囲は,一般に,遺言の内容により定まるといわれているが,それでは基準としてあまりに抽象的であり,個別具体的な紛争の解決には役立たないため,遺言事項に関する類型毎に遺言執行者の権限の内容を明示するなど,できる限り,遺言執行者の権限の範囲を法律上明確化すべきであるとの指摘がされている。」
と書かれているように、今、遺言執行者実務の世界では、遺言執行者の権限の明確化が求められている現状にあるのです。
2 判例で明らかにされた遺言執行者の権限
同じく 法制審議会民法(相続関係)部会に提出された資料には、
「特定の不動産を相続人Aに相続させる旨の遺言がされた場合について,判例(最判平成10年2月27日)は,このような遺言をした遺言者の意思は,相続開始と同時にAに当該不動産の所有権を取得させることにあるから,その占有,管理についても,Aがその所有権に基づき自らこれを行うのを期待しているのが通常であり,特段の事情がない限り,遺言執行者は当該不動産を管理する義務や,これを相続人に引き渡す義務を負わないと判示している。他方,前記遺言がされた場合の所有権移転登記手続について,判例(最判平成7年1月24日,最判平成11年12月16日)は,一般論として,不動産取引における登記の重要性に鑑み,不動産の所有権移転登記を取得させることは遺言執行者の職務権限に属するとしつつ,相続させる旨の遺言については,登記実務上,Aが単独で登記申請をすることができることから,被相続人名義である限りは,遺言執行者の職務権限は顕在化せず,遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しないと判示している。」と書かれているように、
いわゆる「相続させる」遺言における遺言執行者には、平時にあってはなすべき遺言執行というものはなく、危機時ともいうべき遺言の実現が妨害された場合に限り、妨害排除請求という形で遺言執行ができる権限を有しているにすぎません。
3 清算的包括遺贈について
同じく 法制審議会民法(相続関係)部会に提出された資料には、
「現行法上,例えば,「相続財産の全部を売却するなどして換価し,これをまず金銭債務の弁済に充てた上で,その残額をAに遺贈する」といったいわゆる清算的包括遺贈がされた場合や,遺産分割方法としていわゆる換価分割の指定がされた場合には,遺言執行者は,その遺言に沿って,目的財産について売却や金銭債権の取立て等をする権限を有するものと考えられる。他方,遺言において,相続財産に属する特定の権利を受益者に取得させることが定められた場合には,遺言執行者は,必要な範囲でこれを受益者に引き渡し,対抗要件を具備させるのに必要な行為をすることができれば足り,それ以上に遺言執行者にその目的財産の処分権限まで認める必要性は乏しいと考えられる。 」
と書かれています。
4 いかなる立法内容になるかは、これからの問題
以上から明らかのことは、遺言執行者の権限を明確に定めた規定はないこと、遺言執行者の権限は意外に狭いものであるということです。
ですから、遺言執行者の権限の明確化も、判例法理と抵触しない範囲で、しなければならず、その立法化は、これからの問題です。
ただ、遺言執行者の復任権(遺言執行者の権限の一部を、遺言執行者が委任できる復遺言執行者を選任できる権限)規定は置かれる模様です。それは、5に解説しています。
5 遺言執行者の復任権について
同じく 法制審議会民法(相続関係)部会に提出された資料には、
「遺言執行者は,一般に法定代理人であると解されているが,現行法上,遺言執行者には原則として復任権が認められておらず,他の法定代理人とは異なる取扱いがされている。これは,遺言執行者は遺言者との信頼関係に基づいて選任される場合が多く(特に遺言において遺言執行者が指定された場合),任意代理人に近い関係があること等を考慮したものであるといわれている。
他方,法定代理人は,一般に,その責任において復代理人を選任することができるとされている(民法第106条)。これは,法定代理人の職務は一般に広範に及び,必ずしも単独では処理し得ない場合が多いこと,任意代理人のように本人との信頼関係が密ではなく,任意に辞任することも認められていないこと,法定代理人が選任される場合の本人は制限行為能力者,不在者など,復代理についての許諾能力に欠ける場合が多いこと等を考慮したものであるといわれている。この点については,遺言執行者も,遺言の内容如何によっては,その職務が非常に広範に及ぶこともあり得るところであり,また,遺言の執行を適切に行うためには相応の法律知識等を有していることが必要となる場合があるなど,事案によっては弁護士等の法律専門家にこれを一任した方が適切な処理が期待できる場合もあるものと考えられる。さらに,遺言執行者は,実質的には既に死亡した遺言者の代理人として,その意思を実現することが任務とされており,その意味では,復代理を許諾すべき本人もいない状況にあるため,遺言執行者の復任権の要件は,任意代理人の復代理人選任の要件よりもさらに狭く(注),このことが遺言執行者の任務の遂行を困難にしている面があることは否定できないと考えられる。そこで,・・・遺言執行者についても,他の法定代理人と同様の要件で,復任権を認めることとしたものである。」と書かれているのです。
6 遺言執行者は、実質的には遺言者の法定代理人
なお、前記5の文中に、遺言執行者を法定代理人に擬した表現がありますが、これは、「遺言執行者は,実質的には既に死亡した遺言者の代理人として,その意思を実現することが任務とされており」という文節からも分かるように、遺言者の代理人という趣旨です。遺言者とは利害が対立する立場に立つ相続人の代理人という趣旨ではありません。