立法論としての相続法③ 配偶者の居住権の保護
1 誤解
遺言執行者に対する誤解とは、遺言執行者を、相続人の代理人と考える誤解です。
これは、民法1015条の「遺言執行者は相続人の代理人とみなす。」という規定からくるものです。
この誤解は、民法第1011条の「遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。」という規定を、遺言執行者の相続人に対する義務という誤解に発展していきます。
さらには、遺言執行者は、相続人の指示命令に従う義務があるという誤解にエスカレートするのです。
2 混乱
混乱とは、相続人の代理人である(誤解)はずの遺言執行者が、相続人の命令に従わないことを理由に、遺言執行者の解任を求めるなどの混乱のことです。これは今、遺言執行者の実務で、多発している感があります。
下記審判例も、その一つです。
平成7年10月3日名古屋家庭裁判所審判(家月48.11.78)
遺言執行者とは,遺言が効力を生じた後にその内容を実現するのに必要な事務を執行すべき者であるが,本件遺言の内容は,もともといわゆる「相続させる」旨の遺言であって,・・・申立人は,相続人として,遺留分減殺の請求をするために相続財産の目録の交付を受け,さらに相続財産の管理の状況を知る必要がある旨主張する。なるほど,民法1011条1項は遺言執行者が相続財産の目録を調製して,これを相続人に交付しなければならない旨規定し,・・・しかし,これらの規定はもともとすべて遺言の内容の実現を資するためのものであると認められるところ,本件の場合,本件遺言の内容から明らかなように,申立人のために本件遺言の執行をなすべきものは何もなく,・・・遺言執行者に就職していたとしても,本件の場合,相続財産の目録を調製したり,管理状況を報告させても,遺言の内容の実現には何の意味もなさないものである。遺留分権利者である相続人が遺留分減殺をするために相続財産の全容を知る必要のあることは理解できるが,それは困難な作業であるにしても,遺留分減殺請求権を行使する相続人自身が調査して,立証すべきものである。本件遺言の趣旨と逆の立場にある申立人が,遺言の執行と関係のないことを遺言執行者に求め,これをしないからといって任務違背とすることはできないものである。よって,本件申立(筆者注:遺言執行者の解任を求める申立)は理由がないからこれを却下することとし,主文のとおり審判する。
2 リスク
リスクとは、遺留分権利者たる相続人が、「相続させる」遺言における遺言執行者を、受遺相続人の代理人と考え、遺言執行者に遺留分減殺請求をすることによって、受遺相続人に対する遺留分減殺請求をしたと勘違いをし、遺留分減殺請求権を時効消滅させるリスクです。
詳細は、第3章「遺留分」の箇所で解説しますが、「相続させる」遺言によって遺留分が侵害された遺留分権利者は、受遺相続人に対して遺留分減殺請求をしないで、遺言執行者にしただけでは、遺留分減殺請求権の有効な行使があったとはいえず、遺留分減殺請求権を時効で消滅させるリスクがあるのです。