人も,後継者も,いつまでも,呉下の阿蒙にあらざるなり
世界一美しい島といわれる、カナダの大西洋側にあるセントローレンス湾内にあるプリンス・エドワード島を舞台にした,ルーシー・M・モンゴメリーが書いた小説「赤毛のアン」の主人公,アンは、幼い頃に両親を亡くし,孤児院で育てられてきました。
そこへ,ある日,アンを養女に迎えたいという話が飛び込んできて,アンは大喜びをします。
その後,アンは,プリンス・エドワード島へ来,汽車に揺られて,駅にまでやってきました。希望に胸を膨らませて。
ところが,駅には,誰も,彼女を迎えに来てはいません。
一方,マシュー・カスバートという男性は,男の子を迎えに駅にまで来たのですが,それらしき男の子はいません。
やがて,駅では,降客や迎え人も去ってしまい,迎え人の来ないアンと,迎えるはずの子が来なかったマシューだけが,それぞれ一人ぽつんと残されます。
ここで,マシューは,もしや,と思って,アンに声をかけますと,アンこそがマシューとマリラ兄妹の家にやってきた子であることが分かりました。
やがて,マシューは,アンを馬車に乗せ,綠の切り妻屋根(グリーンゲイブルス)の我が家に連れて帰りますが,グリーンゲイブルスに帰ると,マシューの妹のマリラ・カスバートは、マシューに言います。
マリラ
「置いとけませんね,あの子は。あの子がわたしらに、何の役にたつというんです?」
そうなんです。マシューもマリラも、マシューが60歳になり、心臓病の持病をもっているので、野良仕事の手伝いができる男の子が欲しかったのですから,マリラの言うことは,当然のことだったのです。
しかし、このとき、
マシュウ 「わしらの方で,あの子になにか役にたつかもしれんよ。」
日頃、自分の意思というものを口にしないマシューの言葉でしたので,マリラは驚きますが,駅からグリーンゲイブルスまで、アンを馬車で連れ帰ったマシューは、アンがいかに愛に飢え、家庭を求めているか、いかにマシューの家の子になることを喜んでいるかを知ったのです。また、いっぺんにアンを好きになっていたのです。
そういう思いもあり、件(くだん)の言葉になったのです。
結局、このマシューの言葉で、アンは、グリーンゲイブルスの子になりました。
その後、マシューも、マリラも、アンに対する愛情が、日ごとに大きくなっていき、それまでに経験したことにない,明るい,笑いの多い日々を送ることになるのです。
5年後、マシューは、突然、心臓発作で亡くなります。
その前日のアンとの会話です。
野良仕事を終えたところのマシューに,アンが語りかけます。
アン 「私が、男であったら、マシュー叔父さんを助けることができるのに・・・」
これに対し,マシュー
「お前は女の子でよかったんだよ。12人の男の子より、いいんだからね。わしの自慢の娘じゃないか。」
アンと分かれた後、マシューは,つぶやきます。
マシュー
「あの子がわしらに入用だったことを,神様はご存じだった。あの子は神様の思し召しだった。」
アンを養女にした喜びに溢れるマシューの言葉だったのです。
マシューも,マリラも,アンと会い,アンを知ることによって,アンに惜しみない愛情を注ぎ,それまでに経験したことのない深さと密度のある家族関係を持つことができたのですが,ここに至る経緯を考えますと,はじめは,労働力が欲しいからという利己的な思いで,男の子をもらい受けようとしたマシューとマリラでしたが,アンと会い,アンを知ることによって,アンのために役に立つのだから,アンに養女になってもらおうという利他的な心情に変わっていったことが,よく分かります。
人は,人を知ることで,情操が育まれ,成長するものだと思われます。