自治体がする契約 14 単年度主義と長期継続契約
1 H県の,契約意思と,言葉との不一致
① H県は,公有地を,受託者に信託譲渡して,ここにパブリック制ゴルフ場を中核にした「県民スポーツ・レクリエーション施設建設計画」を立て,プロポーザル方式での入札を募りましたが,このことに問題はありません。
➁ 問題は,信託事業がうまくいかないで,費用(債務)が残った場合に,その費用を誰が負担すると約束したかったのか,?というH県の意思が,的確に表現されていないことです。
すなわち,H県は,訴訟では,信託事業の失敗による費用は,信託銀行側が負担する約束であったと主張しながら,実際に書かれた言葉は,「残存債務についてはH県と信託銀行とで協議のうえ処理する」旨の条文だけですから,Hの契約意思が,訴訟で主張しているものであるなら,条文の言葉とは一致していません。
契約意思と,表現とが,一致していないようでは,契約能力の無さが問われることになりかねません。
2 H県の真意は,本当に,信託事業失敗の場合に残る費用を,信託銀行側に負担させるものであったのか?
最高裁判所は,
a)旧信託法36条2項本文が,費用は受益者が負担すると規定していたこと
b)通達も,そのことに注意するよう警告していたこと
c)受託者となった信託銀行側も,事前にH県に提出していた計画書に,信託事業から生ずる債務はH県が負担することを明記していたこと
d)H県副知事も,議会で,信託期間満了時にH県が債務を引き継ぐことも制度的にはあり得る旨答弁していたこと
e)それに,信託銀行が債務を負担すると書いた条文がないこと
などを理由に,費用は信託銀行が負担する約束であったとの,H県の主張を認めませんでしたが,この判断からみても,H県に,訴訟で主張するような,費用を信託銀行に負担させる意思があったようには思えません。
2 では,何故,H県は,このような趣旨不明の,条文を書いたのでしょうか?
筆者は,過去に,二度,自治体の包括外部監査人を務めたことがありますが,その経験という小さな管から覗いた,管見ともいうべき想像ですが,H県は,万一,信託事業が失敗して債務が残った場合,受託者に頼めば,なんとかしてくれるだろう,H県も,その一部くらいは補助金名下に負担してもよい,くらいな,安易な気持ちで,信託契約を結んだのではないかと思われます。
もし,このような考えで,信託契約を結んだとすれば,実に甘い考えであったというほかありません。
最も重要な約束事を,契約書には明確にしないで,曖昧な言葉でぼかす。事が起こったときは,話し合いで解決する。という契約思想が,あったのではないか?また,自治体の中には,そのような契約思想があるのではないかと思われるのです。
3 頂門の一針と他山の石
もし,そのような,なあなあ主義で契約を結ぶと,今回の最高裁判決のような結果になるのですから,H県には,この判決を,頂門の一針と考え,また,他の自治体の場合は,他山の石として見,契約書は,意思を明確にして,それを的確に表現するという,当然のことを,実行できる体制を,自治体内部で,築いていただきたいものです。市県民税を負担する,納税者からの,痛切な思いが,今回の最高裁判決事件から,呼び起こされます。なお,ここで,筆者は,納税者の立場という表現を使いはしましたが,H県は,筆者が県税を納めている岡山県のことではありません。念のため。