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自治体の契約能力を疑わせる,最高裁判決事件① ー 訴訟を起こされるまで

菊池捷男

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テーマ:地方行政

1 H県が,80億円もの請求訴訟を,起こされるまで

① 昭和61年,地方自治法の改正により,普通財産である公有地の,信託制度が創設された。
➁ 上記改正後の同年5月,自治事務次官から,各都道府県知事及び各指定都市市長に宛てて,公有地の信託には,旧信託法等の適用があることに,留意するよう,注意を喚起する通達が発せられた。
すなわち,自治体が,公有地の信託制度を利用して,事業を行った場合の費用は,旧信託法36条2項本文の適用を受け,自治体が負担することになること,が注意されたのである。
③ H県は、昭和62年6月、受託者に,公有地を利用した,パブリック制ゴルフ場を中核にした事業をさせるべく、「県民スポーツ・レクリエーション施設建設計画提案募集要綱」を作成し、プロポーザル方式での入札を募った。

 筆者註  →  このこと自体に問題はありません。H県が考えた事業は,公共の利益に資するものであり,自治体が公有地(普通財産)を,公共の利益に資することをも目的に,信託譲渡することは,地方自治法改正の目的でもあったからです。目的の相当性,妥当性は,十分に認められるからです。

④ これに応じて、某大手信託銀行2行は、信託対象地に,借入金で,パブリック制のゴルフ場やテニス場、乗馬場、宿泊施設などを建設し、これらを運用して利益を挙げ、その利益で借入金の元本及び利息を返済したうえ、信託配当を行う計画書を提出した。その計画書には,事業に伴う,成果と損失は,全て受益者すなわちH県に帰属する旨の,記載がされていた。

筆者註  →  信託銀行側の提案にも全く問題はありません。ただ,H県のこの事業の目的が,主として公共の利益に資することであり,信託銀行の目的が,主として収益を上げることである点で,違いがでることは否めません。それだけに,契約締結後の,事業の運営には,H県としても,十分監督や指導をしていかなければならないことになりますが,これが全くできていないことは,次々回のコラムで解説いたします。

⑤ H県のB副知事は,昭和62年9月,大手信託銀行2行との,信託契約の締結に向けた,H県議会における審議に際し,信託期間満了時には,H県が債務を引き継ぐことも,制度的にはあり得る旨,答弁した。

 筆者註 ー 極めて不明朗な答弁です。問題は,事業がうまくいかなかった場合の損失(費用)は,信託銀行が負担するのか,H県が負担するのか,両者が負担するのならどのような負担率で負担するのか,を明確に答弁すべきであったのに,そのあたりが完全にぼかされているからです。
 質問をした県会議員も,突っ込みが足りていないといわざるを得ません。この議会での質疑を明確にしておけば,後日の80億円という大金の支払債務の発生という事態は避け得たはずであると思われます。
 この副知事の答弁には,端的に,現在の,自治体がする“契約の甘さ”が見られるように思えます。

⑥ その結果、昭和62年12月、H県は,議会の議決を経て,H県を委託者兼受益者、信託銀行2行を共同受託者とする信託契約を締結した。この契約書32条2項には「信託の終了時に借入金債務その他の債務(信託終了後支払を要する費用を含む。)が残存する場合には,H県と協議の上,これを処理する。」と書かれていた。

 筆者註ーこの契約条項は,趣旨が全く不明というほかありません。最も重要な契約条項でありながら,もっとも曖昧な表現にしてしまっているからです。これが後日の80億円の支払債務につながるのですから,この事件の契約実務を担当した者の責任は極めて大きいと言わざるを得ないでしょう。

⑦ 信託契約成立後、信託銀行の手で、ゴルフ場、テニス場等の施設ができ、これを運営主体に賃貸して、事業は始まったが,平成7年度以降、ゴルフ場入場者数が落ち込み、事業収支が悪化するに至り、平成18年に破綻し、信託銀行には,銀行に対する借入金80億円が残った。
⑧ 紆余曲折の後,信託銀行はこの借入金を銀行に支払い、H県に対し立替金の請求をしたが,H県が応じなかったため,平成19年,信託銀行2行は,H県に対して,立替金請求訴訟を起こした。
(以下,続く)

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