(補説) 固定資産税等が高いと思ったときの争い方
手付解除は,勇気と決断の要るもの
手付金を失うものだから
手付金の倍額を支払うものだから
そのため,手付解除は,ぎりぎりまで迷うもの
いつまでなら手付解除ができるかを,
知っておくのも,重要な知識なり
(1) 相手方が売買契約の履行に着手するまで
手付放棄又は手付倍返しによる売買契約の解除は,相手方が「契約の履行に着手するまで」なら可能です(民法557条1項・宅地建物取引業法39条2項)。最高裁昭和40年11月24日判決は、「解約手付の授受された売買契約において当事者の一方は、自ら履行に着手した場合でも、相手方が履行に着手するまでは、民法557条第1項に定める解除権を行使することができる」と判示しております。
(2)「履行の着手」の意味
① 売主が、買主の注文に応じて変更工事をした場合や② 売主が各種の登記申請書類を準備した場合(仙台高裁昭和37年6月11日判決)のように,契約によって負担した債務につき「客観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供に欠くことのできない前提行為をした」ことを「履行の着手」といいます(最高裁昭和40年11月24日判決)。
しかしながら,売買契約の相手方には認識できないような,融資の申込みをしたことや借入をしたという程度では,単なる履行の準備行為をしたというにすぎず,この段階では,まだ,売主は手付倍返しをすることで売買契約を解除することができますが,買主が、いつでも売主に代金を支払える状態にして、売主に対し契約の履行を催告した場合は、履行に着手したものと認められますので,その時点に至ると,売主は手付倍返しによる契約の解除はできません(東京高判平成3年7月15日・東京高判平成元年4月20日)。最高裁昭和57年6月17日判も、土地の買主が約定の履行期到来後、売主に対して、しばしば履行を求め、かつ、売主が履行すればいつでも支払えるよう、約定残代金の準備をしていたときは、現実に残代金を提供しなくても、民法557条1項にいわゆる「契約の履行に着手」したものと認めるのが相当であるとし、農地の売買においても同じである、と判示しているところです。
ですから,通常の売買契約では,買主は,売買代金の決済の日の直前までは,手付金を放棄して解除でき,売主は,手付倍返しをして解除できると考えていていいでしょう。
そして,売買代金の決済の日に決済ができない場合で,買主についていえば,売主が所有権移転登記手続に必要な書類を準備しているのを知っているようになると,最早,解除はできず,売主も,買主が代金の準備をしていて,売主が登記をすれば買主は代金を支払ってくれることを知りえたような時点になると,解除はできない,と考えるべきでしょう。
(3)詐偽を理由にした,売買契約取消の意思表示は,手付放棄による解除も含まれる,とした裁判例
珍しいケースですが,東京地裁平成5年3月29日判決は,買主からは,手付放棄による解除をすることなく、詐偽による取消の意思表示をしただけのケースで,詐欺を理由とする売買契約の取消の意思表示は,手付金放棄による解除の意思表示も黙示的になされているものと解されると判示し,手付放棄解除の効果を認めて,買主を保護しております。
(4)改正民法案は分かりやすい表現に改めている
平成28年には成立する見込みの,改正民法557条1項は,「買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。」と規定されます。
これは現行法と内容的には変わりませんが,表現は明確になりました。
手付金として交付した金額のみが手付金になること,売主からの手付倍返しによる解除も,現実に倍返しを提供しないと認められないことが,規定の上からも明確にされるのです。