民法雑学 農協の理事会での理事と監事の発言の差異
1,嫡出否認制度
民法772条は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」と規定しています。これは「嫡出の推定」といわれます。
そして,同条2項は「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」と規定しています。
また,妻が婚姻中産んだ子が戸籍上の父との間に生物的親子関係がない場合は,父は子に対し,民法775条によって,嫡出否認の訴えを起こし,子であることを否定することができます。
しかし,その訴訟は,民法777条により,「夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。」という出訴期間の制限を受けます。
2,問題
戸籍上の父甲が,嫡出の推定を受ける期間内に,妻が産んだ子乙の出生を知り,1年を経過した後,乙がDNA鑑定により99.99%の確率で甲とは生物学上の父子関係がないことを知った場合でも,乙に対し親子関係を争うことはできないのか?
3,一審判決及び高裁判決
今日のDNA鑑定の信用性などから,戸籍上の父と子の間に生物学的親子関係がないことが科学的に証明されているような場合は,民法772条の嫡出の推定は受けないので,甲と乙間には親子関係がないことの確認を求めることができる(この場合は,出訴制限はない。)として,親子関係不存在確認の判決を言い渡しました。
4 判例
最高裁判所第一小法廷平成26年 7月17日判決は,嫡出否認の訴えに1年間という出訴制限を設けたことは「身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,子が,現時点において夫の下で監護されておらず,妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。」と判示しました。
5 過去の判例で,嫡出の推定を受けない場合と今回の場合
最高裁昭和44年5月29日第一小法廷判決,最高裁平成10年8月31日判決及び最高裁平成12年3月14日判決は,
① 妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,
又は
➁ 遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合
には,子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である,と判示しました。
しかしながら,今回の判例は,嫡出の推定は受けると判示しました。
すなわち,
これら判例の説示によると,
①夫婦の実体のない妻が産んだ子と,➁夫婦間に性的関係を持つ機会がなかった妻が産んだ子は,夫の嫡出子であることの推定は受けない(いつでも親子関係不存在確認訴訟を起こしうる。)が,③そのような関係ではない夫婦の場合に妻が産んだ子の場合は,嫡出推定は受けるので,出訴制限を受けるということになります。
6 解釈論と政策論
今回の最高裁判決は3対2でしたが,法廷意見を述べられた櫻井龍子裁判官は,(一審判決や控訴審判決のような)「確実に判明する生物学上の親子関係を重視していくという立場・・・を採ることになると,民法772条の文理からの乖離にとどまらず,嫡出否認の訴え,再婚禁止期間,父を定めることを目的とする訴え等の規定が存在することとの関係をどのように調整するのかという問題に行き当たることになり,解釈論の限界を踏み超えているのではないかと思われる。親子関係に関する規律は,公の秩序に関わる国の基本的な枠組みに関する問題であり,旧来の規定が社会の実情に沿わないものとなっているというのであれば,その解決は,裁判所において個別の具体的事案の解決として行うのではなく,国民の意識,子の福祉(子がその出自を知ることの利益も含む。),プライバシー等に関する妻の側の利益,科学技術の進歩や生殖補助医療の進展,DNA検査等の証拠としての取扱い方法,養子制度や相続制度等との調整など諸般の事情を踏まえ,立法政策の問題として検討されるべきであると考える。」との補足意見を述べられています。
つまりは,DNA検査の結果,父と子の間に生物学的親子関係がないことを理由に,嫡出性の推定を否定するのは,もはや解釈論の域を出,政策論(立法論)になるので,採用できないという意見です。