不動産 オフィスビルの場合は,通常損耗の原状回復義務があるのか?
【お断り】
本コラムにについて,何名かの読者の方から,電話での相談要請がありましたが,筆者は電話やメールでの相談には応じていませんので,悪しからずご了承ください。なお,本コラムに書きましたタイル張り工事の内容については,東京地裁平成20.12.24判決を参照にしてください。よろしくお願いいたします。
第1,当事者
甲(マンションの専有部分の購入者・区分所有者)
乙社(マンション分譲会社)
丙社(マンション建築会社)
第2,責任問題
1,瑕疵担保期間内のタイルの剥離・・・瑕疵担保責任成立
(1)乙社の甲に対する責任・・・有り
マンションの専有部分の売買契約に伴う瑕疵担保責任(法定・無過失責任)として,乙社は,甲(多くの場合,共用部分を管理している管理組合)に対し,修繕費相当額などの損害賠償義務を負います(これは売主の買主に対する責任になります)。
(2)丙社の乙社に対する責任・・・有り
丙社は乙社に対し,マンションの建築請負契約に伴う瑕疵担保責任を負います(これは請負人の注文主に対する責任になります)。
したがって,最終的な責任者は,丙社になります。
2,瑕疵担保期間が経過した後のタイルの剥離
この場合は,瑕疵担保責任の追及はできません。不法行為責任が成立する可能性はあります。
(1)乙社の甲に対する不法行為責任・・・否定的
乙社に過失があるときは,甲に対し,不法行為による損害賠償請義務を負いますが,乙社の過失は,過失の内容がタイル張り工事に剥離が生じることを予見できたといえる場合に限られますので,通常考え難いことです。
(2)丙社の甲に対する不法行為責任・・・丙社に過失があるときは,不法行為による損害賠償義務を,損害を受ける甲に対して負います。
過失の基準については,第3で解説します。
第3,過失責任
1,一般論
契約の当事者間でも,不法行為の要件を満たす場合は,瑕疵担保責任以外の,不法行為責任を認めるのが一般です(最高裁平成19.7.6判決,東京地裁平成20.1.25判決)。タイルの剥離問題についての不法行為とは,タイル張り工事の際に,タイルの剥離が生ずることを防止するための施工方法として各材料のメーカーが指定した仕様書どおりの施工をしなかったということですから,マンションの分譲会社である乙社に過失が問題になることはありません。丙社については,タイル張り工事に過失があれば,甲に対し損害賠償を負うことになります。
2,マンションの外壁のタイルの剥離と建築会社の過失
(1)タイル張り工事の特徴
マンションの外壁にタイルを張る工事は、施工面であるコンクリート躯体を清掃した上で、これに吸水調整剤を塗布し、その後、下地モルタルを塗り付け、タイルを張るという手順で行われるものですが、下地モルタルを塗り付ける作業は、何回かに分けて、乾燥の時間を置いて行う必要があり,一回で厚く塗り付けると、コンクリート躯体との界面で剥がれやすくなります(後述の初期故障が起こりやすくなるのです)。タイル張りに,安定した耐久性をもたせるためには、コンクリート躯体に薄くモルタルを塗り付け(これを「下擦り」といいます)、それが乾燥した後、モルタルを塗り付けことを繰り返す必要がありますが,各材質には線膨張係数、乾燥収縮率に差異があるため、温湿度の変化によって、材質ごとに異なる動きを生じて接着界面に剪断応力が発生し、剪断応力が、接着力が最も弱い接着界面の接着力を上回ると、当該接着界面が剥離することになる,とされています。そのために,タイル張り工事は,各資材ごとの特質を考慮した施工の必要性が大きく,そのためには,各資材メーカーが定めた施工要領書に従い,また,「建築工事標準仕様書・同解説 JASS19 陶磁器質タイル張り工事」や「建築工事標準仕様書・同解説 JASS15 左官工事」に従い,施工をする必要があります。これに違反した施工をし,完成後数年後くらいにタイルの剥離が生ずると過失が認定される場合があります(東京地裁平成20.12.24判決より。なお,同判決は,施工業者に重過失さえ認定しています)。
(2)タイル張の剥離の原因
タイル張の剥離故障は、剥離の発生時期により、初期故障と疲労故障に大別され,初期故障は、施工当初から何らかの原因により接着界面に十分な接着力が発現せず、施工後の劣化外力(日射、雨水、地震等)の作用に伴い剥離するもので、施工直後から数年の間に発生し、同時期に大量に剥離する場合が多い,とされています。また,疲労故障は、劣化外力の作用による温湿度変化等に伴い繰り返し生ずる接着界面の剪断応力により、接着界面が疲労し、経年により接着力が徐々に低下して剥離に至るもので、施工時の接着力に応じ、施工後数年から数十年の経過により、段階的、部分的に剥離を生ずるものである,とされています。タイルの接着力が低下する原因には、初期故障においては、材料選択の誤り、工法選択の誤り、施工上(下地清掃、下地処理、モルタル混練、モルタル塗付方法等)の誤り等があり、また、疲労故障においては、地震による変形、吸水・乾燥に伴う伸縮、温度変化に伴う伸縮等があり、とりわけ顕著な原因となるものとして、日照の有無によって生ずる温度変化の結果発生する伸縮がある,とされています(東京地裁平成20.12.24判決より)。
ですから,タイル剥離で問題になりやすいのは,初期故障です。
マンションの建築後,瑕疵担保期間が経過して数年経った頃からタイルの剥離が起こるのは,この初期剥離故障が多いと思われます。
マンションが完成して,数年内にタイルの剥離が生ずることは,通常,誰も予想もしないと思いますが,現実には,そのようなタイルの剥離が生じています。その場合,その問題を瑕疵担保責任だけで解決しようとすれば,瑕疵担保期間の経過で,何もできないことになります。目を不法行為,すなわち建築会社の過失という点に目を向けると,瑕疵担保期間が経過していても,次の3で述べるように,マンション完成後20年を経過していないときは,損害賠償の請求ができる場合もありますので,それを知っておくだけでも,有益ではないかと思います。
3,不法行為による損害賠償の責任期間
タイルの剥離があったことを知った時から3年以内なら損害賠償の請求が可能ですが,損害賠償の請求時点で,タイル工事をした時から20年を経過していると,損害賠償の請求はできません。