間違えやすい法令用語 25 以前・前・以後・後
このコラムは、過去に書いたコラムですが、誤解に基づく質問がありましたので、その回答の意味を含めて、書き直してみました。
一般の方は、「原本」と「謄本」が対立概念であることから、また、謄本の中に「正本」と「副本」があることから、「原本」と「正本」とを対立概念であると考えがちになり、「正本」も「「副本」も「原本」である場合のあることが、容易に、理解できない方がおられます。そこで、その点の誤解を解くため書き直したものです。
1 言葉の使い分け
(1) 原本と謄本
「原本」は、物理的に、その文書しかないという「オリジナル文書」のことで、「謄本」は原本の写しのことです。
ア 原本の意味
民事訴訟法252条は、「判決の言渡しは、判決書の原本に基づいてする。」と定めています。ここでいう「原本」は、裁判所に保管される、オリジナルな判決書のことです。
イ 謄本の意味
「謄本」とは、「原本」と同一の文字・符号を用いて、「原本」の内容を完全に写し取った書面のことをいいます。要は「全部の写し」です。
謄本の一種に、戸籍謄本や登記簿謄本がありますが、戸籍謄本は、戸籍簿に編綴された文書(物理的に唯一の文書)である戸籍と同じ内容がすべてが書かれた文書です。この場合、戸籍簿に編綴された文書が原本です。
(2) 正本と副本
これは、呼称上使い分けただけの言葉です。
物理的な意味としては、原本の場合も謄本の場合もあります。
ア 正本が謄本である場合
民事執行法25条本文は「強制執行は、執行文の付された債務名義の正本に基づいて実施する。」と規定していますが、債務名義の一つである判決の原本は裁判所に保管され、当事者が強制執行のためにそれを執行裁判所や執行官に提出するということができないために、物理的な意味でいう謄本の中で「正本」と名付けられたものを提出することで強制執行がなされることになっているのです。
ですから、ここでいう「正本」は、物理的な意味では「謄本」になります。
イ 「正本」も「副本」も「原本」である場合
戸籍法8条1項は「戸籍は、正本と副本を設ける。」と規定して、同条2項で「正本は、これを市役所又は町村役場に備え、副本は、管轄法務局若しくは地方法務局又はその支局がこれを保存する。」と規定しています。
これらは同じ内容が書かれた文書ですが、いずれも原本です。つまり、この場合は、原本が二通作られているのです。
そして、一通は「正本」、もう一通は「副本」と名付けられているのです。
いずれも同じ原本だという意味は、戸籍法8条1項でいう「正本」も「副本」も、物理的な意味で、オリジナルの文書だからです。
別にオリジナルな文書があって、その写しを二通作って一通を「正本」として市役所に置き、もう一通を法務局に置くというのではありません。
ハ 「正本」も「副本」も「謄本」である場合
民事訴訟の場で、文書を証拠として提出する場合、裁判所と相手方には、原本に基づき写し取った「謄本」を提出しますが、この場合、裁判所に提出する「謄本」を「正本」、相手方に公布する「謄本」を「副本」といい表しています。これらは、いずれも、物理的な意味では「謄本」です。
2 原本と謄本の本質的な差異
それは証拠能力、証拠価値の違いです。
原本は、原本であることが立証できれば、証拠能力があり、証拠価値もありますが、謄本は、それが原本を正しく写したものであることが争われると、いっぺんに証拠能力に疑問が持たれます。証拠価値も著しく減殺されてしまいます。
(1)作成権限のある者の認証のある謄本の証拠能力と証拠価値
例えば、判決正本。
判決正本は、裁判所が判決原本を正確に写したものだと認証した判決の謄本ですので、それが「判決正本」であることが争われない限り、証拠能力も証拠価値も生じます。
証拠価値的には、判決原本と判決正本で変わりはないことになるのです。
(2)作成権限のある者の認証のない謄本
これは、証拠能力に疑問が提起される限り、証拠能力があるとされても、証拠価値は著しく減殺されます。
参考
ア 抄録正本
「正本」は「原本の一部」について作成されることもあります。
例えば、公証人法49条1項は「・・・有用ノ部分及証書ノ方式ニ関スル記載ヲ抄録シテ其ノ正本ヲ作成スルコトヲ得」と規定して、「抄録して正本を作る」ことを認めているのです。
この「抄録して」作られた「正本」は、同条2項で「前項ノ正本ニハ抄録正本タルコトヲ記載シ・・・」と規定されているように、「抄録正本」と呼ばれます。
イ 抄本の意味
「抄本」とは、「原本」の一部について、原本と同一の文字・符号を用いて、これを写し取った書面のことをいいます。要は「一部の写し」です。
原本のうち必要な部分を証明するために作られるものです。
戸籍抄本や登記簿抄本があります。