コラム
M&A 5 M&Aを成功させる命綱 ― 3つのDD ―
2023年9月20日
5 M&Aを成功させる命綱 ― 3つのDD ―
(1)デューデリジェンス(DD)の意義
DDとは、危険性(リスク)調査のことである。通常、DDは、①法務DD、②財務DDおよび③税務DDの3つがあり、①は弁護士が②は公認会計士が③は税理士がすることが多いと思われるところ、これらのDDは互いに連携してしなければ十分な効果は現れない。
例えば、公認会計士が財務諸表を見て営業利益率が業界平均を超えるのに、人件費が業界平均未満という事実を発見してこれを弁護士に告げ、営業利益率の高い原因は公認会計士が調べ、人件費については弁護士が調べるという役割分担を決め、弁護士が、残業が多いのに残業代が支払われていない事実やこれに抗議する従業員に対し経営側がパワハラ行為で押さえ込もうとするなどの訴訟リスクを発見することなどが考えられるからである。
逆に、法務DDの結果、粉飾決算が判明するという場合もありうる。
例えば、財務内容の悪い会社の場合、複数の銀行にそれぞれ内容の異なる決算書を見せて融資を受けるというケースがある(2013年9月1日付け日経産業新聞の記事「金融機関を欺く粉飾20年 ベアリング販売のA工業」(筆者注:記事は実名表示、ここではAとした)の例など)。
これは粉飾決算を隠蔽する方法であるが、財務DDでは通常そこまで疑うことはしないので隠蔽の事実は容易にはわかりがたい。新聞に報道されたA工業のケースでは複数の金融機関が20年間もそれに気が付かなかったのも不思議ではないのである。
しかし、このような粉飾決算は、業績の悪い会社にはありがちなことなので、法務DDでは、このようなごまかしは容易にわかるのである。
M&Aが小規模会社の株式譲渡の場合は、法務DDを全くしないで済ますこともあるようだし、名ばかりの法務DDで法務DDをしたつもりになっているケースも相当数あるのではないかと思える。
後悔しないDDが望まれる。
(2)DDを依頼する者、DDをする者、頼むのは何か?
DDを依頼するのは言うまでもなくM&Aの買収者(買い手)である。DDをするのは買い手から委任を受けた弁護士等専門家である。では、どこに重点を置いたDDをしてもらうかは、買い手が決める。 買い手は、事前にリサーチ会社に調査をしてもらって何処に懸念事項があるかをあらかじめ決めておくと、深度のあるDDに繋がる。
次に述べる東芝のした(又は、しなかった)法務DDのような失敗はしないであろう。
(2)DDに失敗した東芝の例
東芝は、2006年に米国の原子力発電会社であるウエスチングハウス(WH)を、入札価格54億ドル(当事の為替相場で約6400億円)で買収した。
➀ 法務DDについて
WHは、かつては名門の原発会社であったが、1979年に発生したスリーマイル島の原発事故以後30年間にわたってアメリカでの原発建設は停止していたので、WHからは原発建設のスキルや知見を有していた優秀な技術者は離職し、原発の設計図すらまともに描けない会社になっていたのに、東芝はこれを見落とした。事前にリサーチをしなかった結果法務DDに重大な落ちがあったと思われる。
東芝は、原発事業の現状やそれに従事する労働者のスキルまでを含めて、リサーチ会社と弁護士に調査&法務DDをしてもらうべきだったであろう。
② 財務DDについて
東芝は、WHの競売に6400億円という巨額の金額を入札した。ちなみに、同時に入札した二番手の入札額は、三菱電機の2000億円であったというのであるから、東芝が財務に関する指標をもって入札に及んだとは思えない。一般的にいって、会社がM&Aをする場合は、なんらかの財務指標、例えばEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)を用いて買収価格を決める(一般的には、EBITDAの数値が8〜10倍が適正とされている)のが多いようだが、二番手の入札価格と比較すれば、東芝が指標を用いた財務DDをしたとは思えない。
③税務DDについて
東芝は、2015年に、証券取引等監視委員会の調査で、WHの買収その他で生じた損失を、不正会計処理で隠蔽していたことが発覚した。これによって、東芝は、WH買収後も、税務処理ができていなかったことが分かるのである。
M&Aをする場合、事前にこれらのDDをする必要があることは、東芝の例でわかうであろう。
DDをしないでM&Aをすることは、畳の上の水練をしただけで海に飛び込むほどの無謀ということになるであろう。
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