大切にしたいもの 15 貞潔
幸福な家庭はすべて互いに似かよったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸の趣が異なっているものである。
この言葉は、19世紀ロシアの文豪・トルストイが著した小説「アンナ・カレーニナ」の冒頭の言葉です。
この小説でいう、不幸な家庭とは、主人公であるアンナ・カレーニナと夫カレーニンの家庭のこと、幸福な家庭とは、アンナ・カレーニナの義妹キティとその夫コンスタンチン・リョーヴィンの家庭のことです。
キティは、モスクワに住む貴族の娘、芳紀まさに18歳、社交界にデビユーする直前の花も恥じらう美少女でした。
そのキティに恋した男が、地方貴族のコンスタンチン・リョーヴィン。
彼は、農作物の生産性の向上を目的に農奴と共に働き、農業論の執筆をし始めた誠実で真面目な青年です。
キティの父親は、キティの夫にはリョーヴィンを最適な男とみて、温かく彼を見守ります。
ところが、キティの母親は、キティの夫には、明るい性格で眉目秀麗な、しかも名門貴族のサラブレッドであるアレクセイ・ヴロンスキーを最適人物とみ、キティが彼と結婚できるように努力をします。その甲斐あってか、キティは、ヴロンスキーとの間で、キティが社交界にデビューする舞踏会での初ダンスのお相手をヴロンスキーがするという約束を取り付けます。
そういうとき、リョーヴィンが、田舎から出てきて、キティにプロポーズをしますが、キティに断られます。キティは、ヴロンスキーに憧れ、彼を恋し、彼との結婚を望んでいたので、これはやむを得ない結果だったといえましょう。
ところが、キティの社交界デビューの舞踏会の日、ヴロンスキーは、そこに出席したものの、前日偶然なことから知り合ったアンナ・カレーニナの姿をその舞踏会で見た瞬間から、他のことは一切見えなくなり、アンナ・カレーニナをダンスに誘い踊り出します。
以後、ヴロンスキーとアンナ・カレーニナは、急坂を転げ落ちるように、不倫の道を歩き始めます。
キティはそのような二人の姿を見ているうちに、リョーヴィンの誠実さ、真面目さ、キティに対する愛情の深さに気付くようになり、ある日、リョーヴィンの住む田舎に出かけ、彼に愛を告げるのです。
むろん、リョーヴィンは、それを奇跡が起こったと思うくらいに喜び、やがて二人は結婚し、トルストイの言う幸福な家庭を築いていくのです。
もう一方のヴロンスキーとアンナ・カレーニナの関係は、破局へ向かいます。そして、結果として、アンナ・カレーニナとその夫カレーニンの家庭は崩壊します。
この長い小説の中の、数ある挿話の中で、私は、キティの父親の、リョーヴィンに目を留めた、その人物眼の凄さに傾倒します。
男の真贋を見抜く眼力は、手に入れたいものです。