コラム
ロータリー23 多様性と学問(2) ――英国王の吃音を治した学問――
2021年9月27日
映画「英国王のスピーチ」の主人公は、現英国女王エリザベス2世の父、ヨーク公爵(後のジョージ6世)ですが、5歳のころより吃音(きつおん)になり、言葉が自由に喋(しゃべ)れない人でした。この言語障害は、スピーチを必須のこととして重要視されている王室メンバーとしては、まことにゆゆしき問題でした。むろん、彼の言語障害を矯正するための治療や訓練は、最高の学者その他の専門家と言われる権威ある人たちの手に任されるのですが、誰にも治せません。
そうした中、ヨーク公の妻が、ロンドン市内で吃音を治しているオーストラリア人を訪ねるのです。このオーストラリア人は、医者その他いわゆる専門家として教育は受けてはいない人でしたが、第1次世界大戦に出征した兵士が、戦地から帰ってくるや吃音になっている人が多いことに気がつき、その矯(きょう)正(せい)をしてきた人物でした。彼は、彼独自で編み出した矯正法をもってヨーク公に対処していきますが、ヨーク公の身分意識が邪魔をしてうまくいかず、いったんこのオーストラリア人は解任されます。
そうした中で、ヨーク公の兄である英国王エドワード8世が、離婚歴のあるシンプソン夫人と結婚するために王位を捨てるという事件が起こります。その結果、ヨーク公は、王位を継ぐことになりましたが、国王になるとスピーチの機会は急増します。そのためジョージ6世は、より真剣にオーストラリア人の吃音矯正師から学ぼうとするのです。その効(かい)があって、ヨーク公からジョージ6世(在位1936~1952)*になったこの人物は、その戴冠式の直後に、ラジオを通して、全国民にスピーチをする時、マイクの真ん前に立って身振り手振りでするオーストラリア人の、発声から声の強弱・抑揚までの指導を受けつつ、見事なスピーチをしてのけたのです。
医学の専門家でも治せなかった英国王ジョージ6世の吃音を、ドクターの資格もない男が、何故、治せたのか? それは、このオーストラリア人が、多くの発音障害者を治してきたその実績の中から、吃音矯正学とも言いうる学問を樹立したからだと思われます。
なお、このオーストラリア人、ライオネル・ローグは、以後も、英国王ジョージ6世のしたラジオによる演説には、全て立ち会っているようです。彼は、元々シェークスピア劇の役者を志していた人物なので、その影響もあってか、ジョージ6世のスピーチは、第二次世界大戦(対独戦)に勝利するため、国民に希望と勇気を与える格調の高いものだったようです。この功績により、彼は、1944年にジョージ6世からロイヤルビクトリヤ勲章が授与されています。*
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