大切にしたいもの いたわり
吉川英治が描く、「私本太平記」の中に、楠正成が、一人の仮面師(めんし=鑿(のみ)を使って人の顔をつくる者) 赤鶴一阿弥(しゃくづるいちあみ)の、神に入った(しんにいった)仕事場の姿に魅せられる場面があります。
その楠正成が、視線を外し、目を休ませていた間、今度は、赤鶴一阿弥が、楠正成の横顔に惹きつけられ、凝視する場面が、それに続きます。
それに気がついた正成は、「・・・赤鶴。なんでおまえはそのように、さっきからわしの顔を見つめているのか」と咎めるふうではなく、尋ねます。
すると、赤鶴一阿弥は、自らの不作法を詫びた後、「媼(おうな)を見れば、媼の目じわ。荒くれを見れば荒くれの眉。かなしみ、よろこび、哀楽の色、女性(にょしょう)も餓鬼も貴人も乞食も、仮面(めん)打ちの目にはみなありがたい生き手本でござりますれば」と言葉を続けます。
仮面(めん)打ち一筋に生きてきた赤鶴一阿弥。そのような男が惹き付けられた楠正成の横顔とは、そもどのような顔であったのか。
青史に名を残す楠正成と、仮面師赤鶴一阿弥の、一場での邂逅(かいこう)。
いずれも一能の士です。
一能、万芸に通ず、という言葉もあります。
一能を持ち、一能を磨き続ける一生でありたい、と思う場面です。