従業員との間の競業避止契約は、代償措置がとられていないと、無効
1 機関設計の多様性
平成17年に会社法が制定された時、株式会社の機関設計には、多様なパターンが許されることになりました。
その中には、取締役会を設置しない、監査役も置かない、機関としては一人の取締役がいるだけ、という会社も認められています。
2 最高裁平成29・2・ 21決定で、問題になった機関設計
本件は、機関設計として、取締役会を設置している会社ですが、非公開会社(全部の株式につき譲渡制限をしている会社)、つまりは、株式が自由に譲渡できない閉鎖会社の定款の記載事項の効力に関する事案です。
問題は、このような非公開会社が、定款に「代表取締役は、取締役会の決議によって定めるが、必要に応じ、株主総会の決議によって定めることができる」旨の定めがある場合、それは有効であるのか?という点です。
3 判例
これについて、最高裁平成29・2・ 21決定(金融法務事情2068号62頁)は、次のように判示し、これを有効だとしました。
「取締役会を置くことを当然に義務付けられているものではない非公開会社(法327条1項1号参照)が,その判断に基づき取締役会を置いた場合,株主総会は,法に規定する事項及び定款で定めた事項に限り決議をすることができることとなるが(法295条2項),法において,この定款で定める事項の内容を制限する明文の規定はない。そして,法は取締役会をもって代表取締役の職務執行を監督する機関と位置付けていると解されるが,取締役会設置会社である非公開会社において,取締役会の決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができることとしても,代表取締役の選定及び解職に関する取締役会の権限(法362条2項3号)が否定されるものではなく,取締役会の監督権限の実効性を失わせるとはいえない。
以上によれば,取締役会設置会社である非公開会社における,取締役会の決議によるほか株主総会の決議によっても代表取締役を定めることができる旨の定款の定めは有効であると解するのが相当である。」
4 では、公開会社の場合はどうか?同じように有効だといえるのか?この点についての、後藤紀一弁護士のコメントを書いておきます。
⑴ 本件最高裁決定の意義
本決定は、この問題に関する初めての最高裁の判断であるが、本決定の射程範囲は、あくまで①取締役会設置会社である非公開会社に限られ、かつ、②取締役会および株主総会の決議によって代表取締役を定める定款の規定の効力に限定されている。
では、③公開会社(株式の全部又は一部について譲渡制限が設けられていない会社)で、②定款に、取締役会と株主総会の双方に、代表取締役の選定権限を認める定めがある場合は、その定款は有効であるのか?というと、この判例は何も判断していない。
そこで、学説を紹介するが、
株式会社が、定款で株主総会に、代表取締役の選定・解職を認める条項を入れることができるかどうかについて、学説上議論があった。
株主総会で代表取締役の選定・解職が行われると、取締役会による代表取締役の監督ができなくなることを理由に、このような定款の定めは無効だとする見解と、代表取締役は、取締役会を代表するのではなく、会社を代表するのであるから、有効であると解す見解に分かれる。
本件最高裁決定が、取締役会を設置している非公開会社は例外的に、株主総会でも代表取締役を選ぶことができると判断したものであると解すると、反対解釈によって、取締役会を設置している公開会社の場合には、このような定款の定めは無効と解されるであろう。
⑵ 後藤紀一の説
本決定のような非公開の取締役設置会社では、通常、株主と経営者は一体であるから、取締役会で代表取締役を選定するか、株主総会で選定するかについて、実質的に差はないといえる。
比喩的にいえば、創業者がほとんどの株式を握り、残りは同居の家族で持っている場合は、毎日が取締役会であり株主総会といえるので、どちらで決めるかは問題ではない。
私見ではあるが、所有と経営が分離(株主と経営者の分離)している公開会社、特に上場会社の場合においては、取締役の選任は株主総会の専決事項であるが、誰を代表取締役にするかは経営マターであり、株主総会の決議事項になじまないと解するほうが実態に合う。
したがって、公開会社が、定款で、株主総会でも代表取締役を選任できると定めるのは、無効と解すべきである。参考までにいえば、アメリカでも経営権を侵害する定款変更はできない。