遺言執行を要する法定遺言事項③ 認知
遺言執行者に対して遺留分減殺請求をすれば有効か?
ここに、①遺留分減殺請求の相手方、②遺言執行者の役割について、分かりやすく説明した大審院昭和13年2月26日判決がありますので、紹介いたします。
大審院昭和13年2月26日判決(なお、下記の文は、判決の引用文ですが、筆者独断で、カタカナ書きを平仮名書きにし、常用漢字表にない漢字は仮名に直し、かつ適宜句読点を入れています。)
遺留分権利者が、遺贈の減殺請求をなすには、遺贈を受けたる者、すなわち、受遺者又はその相続人に対し、これをなすを要するものにして(古い判例を引用したうえで、穂積博士相続法大意211頁を参照文献として紹介)、遺言執行者に対しこれをなすべきにあらず。けだし、減殺請求を認めたるゆえんのものは、被相続人が自由処分の適当なる範囲を越えてなしたる遺贈の効力の一部を失わしむるにあるものなれば、その遺贈によりて利益を受けたる者に対しこれをなすを要するは論をまたざるところなればなり。これに加えて我民法第1114条(筆者注:ただし、これは戦前の民法)及その次条によれば、遺言執行者は相続財産の管理その他遺言の執行に必要なる一切の行為をなす権利義務を有するとともに、相続人が遺言の執行を妨ぐべき行為をなすときはこれを排除すべき権利義務をも有すれども遺言の執行に関係なき減殺請求のごとく遺贈の効力を失わしむるがごとき受遺者に不利益なる行為についてはこれを受くべき何等の権限なきものと解せざるべからず。けだし、遺言執行者を設くるは遺言が適正に執行せらるることを目的とし主として受遺者の利益を保護するの趣旨に出でたるものなれば相続人より遺言の執行を妨ぐべき行為あるときは之を排除すべき権限こそ有すれ受遺者に不利益なる減殺請求を受くるがごとき権限を有せざるものとするにあらざれば右目的を達するを得ざればなり。
というものです。
なお、原文は次の文です。
遺留分権利者カ遺贈ノ減殺請求ヲ為スニハ遺贈ヲ受ケタル者即チ受遺者又ハ其ノ相続人ニ対シ之ヲ為スヲ要スルモノニシテ(東控大正八年(ネ)第一〇三号同十年六月二十九日判決穂積博士相続法大意二一一頁)遺言執行者ニ対シ之ヲ為スヘキニ非ス蓋シ減殺請求ヲ認メタル所以ノモノハ被相続人カ自由処分ノ適当ナル範囲ヲ越エテ為シタル遺贈ノ効力ノ一部ヲ失ハシムルニ在ルモノナレハ其ノ遺贈ニヨリテ利益ヲ受ケタル者ニ対シ之ヲ為スヲ要スルハ論ヲ俟タサルトコロナレハナリ加之我民法第千百十四条及其ノ次条ニ依レハ遺言執行者ハ相続財産ノ管理其ノ他遺言ノ執行ニ必要ナル一切ノ行為ヲ為ス権利義務ヲ有スルト共ニ相続人カ遺言ノ執行ヲ妨クヘキ行為ヲ為ストキハ之ヲ排除スヘキ権利義務ヲモ有スレトモ遺言ノ執行ニ関係ナキ減殺請求ノ如ク遺贈ノ効力ヲ失ワシムルカ如キ受遺者ニ不利益ナル行為ニ付テハ之ヲ受クヘキ何等ノ権限ナキモノト解セサルヘカラス蓋シ遺言執行者ヲ設クルハ遺言カ適正ニ執行セラルルコトヲ目的トシ主トシテ受遺者ノ利益ヲ保護スルノ趣旨ニ出テタルモノナレハ相続人ヨリ遺言ノ執行ヲ妨クヘキ行為アルトキハ之ヲ排除スヘキ権限コソ有スレ受遺者ニ不利益ナル減殺請求ヲ受クルカ如キ権限ヲ有セサルモノトスルニ非サレハ右目的ヲ達スルヲ得サレハナリ
この大審院判決は、上記の理由で、遺言の内容が、遺言執行者がなすべき特定遺贈であっても、遺言執行者にはその受領権限はないとしましたが、一方で、この判決は、包括遺贈については、包括遺贈を受けた者は相続人と同じ権利義務を有するという民法の規定を根拠に、遺言執行者に遺留分減殺請求をした場合有効と判示しました。
最高裁の時代になって、遺言執行者に遺留分減殺請求をした場合に有効か否かについて、判示したものはありません。包括遺贈の場合、遺言執行者に遺留分減殺請求受領権があるかどうかも定かではありません。
そのこともあってか、愛知県弁護士会法律研究部編集「改訂版遺留分の実務」(平成23年2月9日改訂版発行)は,「実務的には包括遺贈の場合においても,念のため受遺者本人に対しても意思表示をしておく方が無難であろう。」と書かれているところです。
なお、遺言執行者の遺留分減殺請求受領権限の根拠は、遺産の管理処分権にあるとされていますので、遺産の管理・処分権のない、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」遺言における遺言執行者や、相続分の指定をしただけの「相続させる」遺言における遺言執行者、あるいは、相続人の廃除や認知など財産とは関係にない遺言執行をする遺言執行者には、遺産を管理することはありませんので、遺言執行者に対して遺留分減殺請求をしても、効果はないと考えられます。
民法1015条の「遺言執行者は相続人の代理人とみなす。」という字句を見て、遺言執行者を受遺相続人の代理人と考え、遺言執行者に遺留分減殺請求をし、受遺相続人には遺留分減殺請求をしないでおくと、遺留分減殺請求権を時効消滅させる危険があります。