必要は法なき所に法を生む (判例の意義)
限られた時間内で,限られた資料を元に,事実を認定する裁判官の宿命は,勘違いによる事実認定が避けられないことである。
一例を挙げてみる。これは最近,言い渡された判決事件である。
ある交通事故による損害賠償請求事件。書証と人証だけの証拠調べが終わった段階で,裁判官は,和解勧告をし,その席で,下記1の「交通事故実況見分調書」を見ての判断として,甲車運転者甲の過失は5割で,乙車運転者乙の過失も5割とみるという,心証(事実認定に関する裁判官の認識)を開示した。
その理由として,裁判官いわく。本件事故についての,甲車運転者甲の言い分は,乙車が左(南側)から接近してきたため甲車と衝突したもの,乙車運転者乙の言い分は,甲車が右(北側)から接近してきたため乙車と衝突したもの,というのであるが,この事故は甲車,乙車いずれかの車線変更により生じた事故だということは分かるが,いずれが車線変更を仕掛けたのか分からないから双方同等の過失があると考える,というものであった。
しかしながら,路線変更とは,物理的に複数の車両が並進できる道路上での車両運転の一態様をいう言葉であるので,片側一車線しかない道路上での車線変更という運転行為はあり得ない。
そこで,我が輩,裁判官に対し,車線変更が物理的に不可能な場所で,車線変更があったとの認定はおかしい。何か勘違いをされていませんか?と疑問を呈す。
すなわち,我が輩,下記1の図面上の甲車と乙車が進行していた車線は,下記2で色を付けた一車線(幅員2.8メートル)しかなく,その道路上での車線変更は物理的に不可能であることを指摘したのである。
下記1
下記2
その後,この件は,判決になったが,この判決では,この件の交通事故は,乙車が交差点内で直進車線から大きく離れて南に寄り,ゼブラゾーンほかの車両の通行が禁じられた場所に入った後で,そこから交差点の西側出口に至るまでに直進車線に戻ろうとして乙車の前を走行していた甲車に接近し衝突したもの,と認定され(乙の言い分だと,甲車は反対車線を逆走していて本来の道路へ帰ったことになるが,あり得ないことである),甲の過失ゼロ,乙の過失は100との事実認定がなされ,我が方の勝訴判決にあいなった次第。
裁判官も神ならぬ身,事故現場を見ないでの過失割合の認定は,勘違いもありうる。
この件は,裁判所からの和解勧告があったから,裁判官の勘違いを指摘することができたが,勘違いの指摘が常にとはいえないところに,弁護士の悩みがある。