使用者のための労働問題 普通解雇と懲戒解雇の違い
1 労災に遭った労働者に対する解雇制限と,制限を受けない場合
労働基準法75条1項は,「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」という規定を置き,使用者に労災に遭った労働者に対する療養補償義務を課し,同法19条1項は,「使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間・・・は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によつて打切補償を支払う場合・・・においては、この限りでない。」
という規定を置いています。
これらの規定により,使用者は,労災事故に遭った労働者に対し,療養補償義務があり,その義務の履行中は,労働者を解雇できないが,打切補償をすれば解雇できることになります。
2 では,労働基準法81条の打切補償とは何か?
労働基準法81条は「第75条の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。」という規定です。
3 労災保険からの給付は,使用者の打切補償の履行とみなされるか?
労働者災害補償保険法(労災保険法)19条は,「業務上負傷し、又は疾病にかかつた労働者が、当該負傷又は疾病に係る療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後において傷病補償年金を受けることとなつた場合には、労働基準法第19条1項の規定の適用については、当該使用者は、それぞれ、当該3年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなつた日において、同法第81条の規定により打切補償を支払つたものとみなす。」と規定していますので,労災保険給付は,労働基準法上の補償給付の履行と同視されます。
4 判例
高裁判所第二小法廷平成27年6月8日判決は,
(1)・・・・・業務災害に関する労災保険制度は,労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として,その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため,使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ,このような労災保険法に基づく保険給付の実質は,使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解するのが相当である。
(2)・・・・使用者の義務とされている災害補償は,これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので,使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで,同項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべきものとはいい難い。・・・・・
(3)したがって,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には,・・・使用者は,当該労働者につき,同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより,解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。・・・これを本件についてみると,上告人は,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受けている被上告人が療養開始後3年を経過してもその疾病が治らないことから,平均賃金の1200日分相当額の支払をしたものであり,労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれる者に対して同法81条の規定による打切補償を行ったものとして,同法19条1項ただし書の規定により本件について同項本文の解雇制限の適用はなく,本件解雇は同項に違反するものではないというべきである。
と判示しました。